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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を


牧師室より#331「復活」_convert_20170422034807 


今日は、”復活”について考えてみました。


去る4月16日の日曜日はイースターでしたが、イエス・キリストの復活を世界中が祝ったことでしょう。日本人にとってイースターはクリスマスのように馴染みのあるものではありませんが、キリスト教におけるイースターの意義はクリスマス以上のものがあると言っても過言ではありません。


ところで、”復活”と一言で言っても、それはイエス・キリストの復活だけではなく、聖書には幾つもの復活に関する言及があります。そのうちの幾つかは既に起こったものですが、他のものはこれから起こることになっている復活です。


つまり、聖書はすべての人が、それぞれの立場に基づいて、幾つかの定められた時と場所で死から復活し、その存在は永遠に続いていくことを教えているのです。


それでは、いったいどういう復活の記述が聖書にはあるのでしょうか?


1.イエス・キリストの復活


聖書に記されている最初の復活は、イエス・キリストの復活であり、旧約聖書では預言として書かれ、新約聖書では歴史的事実として(福音書)記録されたり、神学的観点から(使徒行伝、書簡)扱われています。キリストの復活は、キリスト教を支える大黒柱であり、コリント人への第一の手紙15 章に示されているように、キリスト教の信仰と希望のすべてがそれにかかっています。


2.エルサレムの聖徒たちの復活


マタイの福音書27:52-53によれば、キリストの復活の際に、「墓が開いて、眠っていた多くの聖徒たちのからだが生き返った」と記録されています。これは死に対するイエス・キリストの復活の偉大な勝利を証明する出来事であり、またそのしるしであったと言えます。


53節を見れば明らかですが、この人たちは、キリストの死の際に墓は開かれましたが、キリストご自身が復活されるまでは復活しませんでした。なぜなら、聖書はキリストの復活を初穂としているからです。また、この復活は明らかにラザロたちの復活とは違ったものです。彼らは死から生き返りましたが、また死んで墓に葬られました。しかし、ここで復活した人たちは二度と墓には戻ることはありませんでした。


3.教会の復活


キリストにあって死んだ人々は、キリストの空中再臨の際に死からよみがえり、生きているクリスチャンたちと共に一挙に引き上げられ(携挙)、空中で主とお会いし、天に行くことになっています(第一テサロニケ4:13-18)。この時、携挙された人々はみな永遠に朽ちない栄光の体(復活の体)を与えられ、肉体の贖いが完成し、もはや自分の中に罪の性質がないことを自覚的に知るのです。


4.旧約聖書の聖徒たちの復活


ダニエル書12:1-2によれば、患難時代の後、つまり千年王国設立の前に旧約聖書の聖徒たちの復活があるように記されています。また、イザヤ書26:19-21では、彼らの復活はキリストが世をさばくために来られる時、つまりキリストの地上再臨と関連して記されています。


5.患難時代の聖徒の復活


黙示録20:4-5によれば、患難時代に殉教者として死んだ人たちが千年王国設立の前に死から生き返り、キリストと共に千年王国を治めることになっています。


6.不信者の復活


黙示録20:4-15によれば、キリストによる救いを拒否した人々が白い御座のさばき(最後の審判)の前に立つために死から復活することが記されています。彼らは、この厳粛なさばきを受けるために復活し、肉体をもって永遠のさばき(地獄)に入れられるのです。


このように、復活は信者と不信者に関係なく、すべての人が経験する重大な出来事です。信者にとっては永遠の希望であり、輝かしい復活も、不信者にとっては永遠の滅びに至る恐ろしい出来事です。人は誰でもこの厳粛な事実を軽く受け止めず、もっと真剣に耳を傾けるべきです。


かつて英国の首相であったグラッドストンは、「私はこの時代に、偉人と呼ばれる95人の人を知っているが、その中の87人は聖書を奉ずる人であった」と言っています。


たとえ非現実的なものに思えても、自分を知者だと思わず、世界の三分の一の人々が信じ、世界の多くの優秀な人々が信じている復活の事実に、あなたも一度、向き合ってみませんか?


今日の一言: 多くを知れば知るほど、イエス・キリストの復活を疑う余地がなくなる。



鶴田健次



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2017.04.22 03:48 | お知らせ
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今、世界中の多くの人が、世の終末、或いは全人類の危機を予感しているといわれています。聖書でも終末について書かれてあり、大変なことが身近に迫っていることを感じます。。

現在この地球上は、以前と比べて多発する自然災害に加え、環境破壊、核戦争の危険、人口爆発、食糧不足、テロ、エネルギー問題など、急いで解決しなければならない難問が山積している状況にあります。 

 

世界中の裕福層といわれる人々は、安全と思われる海外に土地を買い、シェルターを作り食糧を蓄え、イザという時のために自家用ジェットで避難できる環境を作っている、といったような話も耳にします。

 

そんな中、先日、「北極圏の島に図書館開設、世界の文献を滅亡から守る」というニュースを読みました。

それによると、北極点から約1000キロの極寒の地にあるノルウェー領のスバールバル諸島の廃坑を利用して、地下150メートルに図書館を作ったのです。核攻撃にも耐えうるということです。

名前は「アークティック・ワールド・アーカイブ」。

目的は、世界の壊滅的事態に備えて、歴史的、科学的に貴重な文献を守るため、学術論文から文学作品に至るまで、世界のあらゆる文献のデータを集めているといいます。そのデータは年々増えているそうです。

収集されたデータはサイバー攻撃から守るため、ネットワークに接続されていません。それらはコンピューターコードに変換されて感光フィルムに記録され、リールに巻き付けて貯蔵庫に保管されています。この方法でなら、データは500年以上保たれると言います。

顧客は特製スキャナーを使ってデータを引き出すことができます。また、デジタルカメラとコンピューターさえあれば、リールのフィルムからデータを復旧できる「災害復旧オプション」も用意しているということです。

各国の政府機関や企業、個人などに図書館の利用を呼びかけていました。

 

未来の人類へ残す図書館、素晴らしい遺産になることでしょう。この図書館のデジタル資料が未来のある日に開けられるとしたら、それは聖書で言われる千年王国の頃になるのでしょうか。

 

 

聖書にある「終末」というのは、この世の全てが終わって何もなくなる、という意味ではありません。それは「来たるべき世」に移行するための一定期間のことを指して終末・艱難時代、と呼んでいます。艱難時代も神がご計画されたものですので、人々を無差別に滅ぼすわけではなく、滅ぶべき者が滅ぶ、というように理解できると思います。

艱難時代の前に起こる携挙(けいきょ)の時、キリストを信じる全ての人々は天に上げられ、艱難は経験しないと解釈されています。(前艱難携挙説)

キリストの再臨は、艱難時代の最後に起こり、反キリストを滅ぼし、千年王国を建て上げるために来られます。

終末に関して聖書は「ヨハネの黙示録」、「ダニエル書」、「マタイの福音書」、「第2テサロニケ」、「エゼキエル」、「ゼカリヤ」等にその預言が書かれています。

 

現在地球上には、この地球を数十回破壊できるほどの核爆弾があるそうです。昨今の北朝鮮の動向は、人々に恐るべき恐怖を与えています。

たとえ今回の危機を回避できたとしても、いずれ人間は、また同じ局面を迎えることになるかもしれません。果たして人間は、人類の滅亡を阻止する術を持っているのでしょうか。

 

ガラテヤ14に、「キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです」とあります。神は御子をも惜しまず死なせるほどに、私たちを愛しておられます。

その神は、時空を超えて存在され、愚かな人間の心をもご存知で、破滅に進んでいることも既に知っておらる上で、終末・艱難時代をご用意していると言えるようです。人類を滅亡の悲劇から回避させることがおできになる方は神のみです。神の御愛の他ありません。

そして、古い世は過ぎ去り、やがて来たるべき世は千年王国、主の栄光が輝く国をこの地上に確立される日を待ち望みます。

 

MU

 

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2017.04.20 03:07 | 証し
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しばらくお休みであった月曜日の聖書クラスが、学びのスタイルを新たにして再開されます!

日時、指導は、以前と変わらず毎週月曜日6:30PM より鶴田牧師指導の下、開かれます。
今回新たになった点は、巻、章、節ごとの学習ではなく、鶴田牧師が選ばれたトピックをシリーズとして学ぶようになります。
例えば、初回の今日は 「ヨハネが記した七つのしるし」 シリーズの第一回目ですので、最初のしるしである 「水をぶどう酒に変えた奇蹟」 を学びます。
その後七つ全ての 「しるし」 の学びを通し、イエス様が神の子であり、イエス様がどのような力に満ちた方なのかを体系だって学ぶことになります。

その他、ラスベガス日本人教会には、毎週各地域で持たれているスモールグループや月末に開かれている「シニア聖書クラス」等、聖書その物や、御言葉を学ぶ機会があります。

M兄がリードしてくださって月末の日曜日、礼拝後に約2時間程ひらかれている「シニア聖書クラス」は、図解された聖書物語を使い、分かりやすい言葉で、「ノアの箱舟」や「モーセの十戒」、そしてその時代背景や意味・意義等を、少し大きな枠組み毎に学びます。  また「シニア」とありますが、限定されておらず、新来者や未信者の方をはじめ役員まですべて教会に集う人が対象で20代の方から90歳になられる方まで多く参加されています。

神の子とされた私たちは、神の事、御心を知る必要があります。それは、聖書なしでは知ることができません。

同時に、66巻からなる聖書は、一人だけで読み、学び続けるには、とても深く、長く、難しいものだと「私は」思います。特に旧約聖書に頻出する人名、地名、年代は、学生時代歴史が大嫌いだった私には、睡眠薬以上の居眠り効果がありました。

そこで、私も以前開かれていた月曜日夜の聖書クラス等に参加して聖書を学び始めました。最初の1年間は、質問もよくわからない、ましてや答えなんてトンチンカンでした。仕事の後のクラスでしたので「今日は欠席しようかな?」と思う事も何度もありました。
ですが、何も分からなくても、発言する事がなくても、座って鶴田先生、兄弟・姉妹から出る言葉を聞くだけで、聖書が、御言葉が近くなりました。
知らない間に御言葉の種が心に植えつけられ、ある時に「あー あの時の聖書クラスでの話はこういう事だったのね!?」と思う事が多くありました。
また、クラスが終わった後は、大きな喜びと力、小さな知恵が与えられ、元気に帰途に着いていました。

聖書を正しく理解していないことは恥でも、悪いことでもないと思います。  良くないのは「正しく理解していない」と知っていながら、それに対してアクションを起こさないことです。  また、他の人と自分の聖書理解度を比べる必要も全くなく、神様が夫々に必要な事を時にかなって伝えてくださいます。

私たちを愛してくださる主が、学びの時を備えてくださいました。私たちはただ、その愛を受け取ればいいだけです。

神の言葉は、愛と義、知恵と力に満ちており、私たちを教え、戒め、誤りを正し、義に導きます。

是非、聖書クラスに参加してみませんか?


16 聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。 17 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。
テモテへの手紙二第3章16-17節

(KS)

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