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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

牧師室より#372「境界線とは何か」 

『境界線とは何か』


最近は「境界線」という言葉をよく耳にします。英語では「バウンダリー」と言いますが、「地境」とか「地所」また「限界」という意味があります。心理学では、「自分の責任と他人の責任の境界線」という意味です。


たとえば、私がアパートに住んでいるとします。アパートには壁があり、壁の内側にあるものはすべて私の責任です。では、もし私のアパートにネズミが入って来たとしたら、それは私の問題でしょうか? それとも隣りの人の問題でしょうか? それは私の問題です。


私が住んでいる場所は、私の問題であり、私のネズミです。このネズミを私の家から取り除くのは隣の人の責任ではありません。私の家に入って来たネズミを退治するのは、私の責任です。なぜなら、そこには地境があるからです。


ある日、ネズミは私の地境を越えて隣りの人のアパートに入って行きました。では、今はこのネズミは誰の問題でしょうか。隣りの人のネズミは、隣りの人の問題です。これは難しい概念ではなく子供にも理解できます。これが自分の地境、地所というものです。


私たちはそれぞれ、いろんな問題を抱えて生きています。クリスチャンは、よく他人の面倒をみます。ところが、自分の人生をちゃんと面倒みないで、他人の世話に走り回るとしたらどうでしょう。やがて自分が大きな問題を抱えることになり、人助けどころではなくなります。


ですから、私たちのすべきことは、自分に任せられたものをちゃんと管理し、それを増やして、他者に与えていくことです。このように、境界線というのは、単に距離を置くという言葉ではなく、「自分は何か、どういう存在であるか」を定義する言葉なのです。


境界線は、人間の皮膚に似ています。皮膚は私たちが白人であるか、黒人であるか、東洋人であるかを明らかにするように、境界線は自分がどういう人間かを定義してくれます。また、私たちの大事なもの、つまり私たちの心と思いを守ってくれるのです。


また、言葉も私たちを定義する境界線です。皆さんが自分の好き嫌いを相手に伝えたとき、皆さんは境界線を引いていることになります。つまり、自分は何を好み、何を好まないかを伝えることが、自分を定義する境界線になるのです。


ある奥さんは、夫に対して、自分がどんな映画が好きで、どんな映画が好きじゃないかを一度も言ったことがありませんでした。二人が映画に行くと、夫は「何の映画を見ようか」と言います。奥さんは「あなたが見たいもので良いわ」と言います。


夫は男性なので、「僕は、アクション映画を見たいな」と言います。奥さんは「いいわよ」と言って、ご主人と一緒にそういう映画を見ます。しかし、彼女はそういう映画が大嫌いでした。でも彼女はそのことを一度も言ったことがなくて、ご主人に「あなたが見たいもので良いわ」と言っていたのです。


しかし、あるとき彼女は、彼女の牧師からこう言われました。「それは、嘘をついていることになりませんか?」 彼女は「そうです」と答えました。牧師は「ご主人に、自分が見たい映画は何であるか、はっきり言ってみてはどうですか?」と言いました。


彼女は「それはできません」と答えました。「では、あなたは、もっとアクション映画を見たいのですか?」「それはもうイヤです」。「じゃあ、あなたはどんな映画を見たいのですか?」「私はロマンチックな映画が見たいです」。「ならば、そうご主人に言ってごらんなさい」。


そこで彼女は、勇気を出して自分の好みをご主人にはっきり言いました。それ以来、彼らは、ご主人と奥さんの好みの映画を交互に見るようになったそうです。


ここに原則があります。もし、あなたが全く境界線を引かなければ、あるいは、もし誰にもあなたが本当に感じていることを言わなければ、どうなるでしょう? 色んな人があなたの心をかき乱すことになるのです。


しかし、もしあなたが境界線を引くならば、つまり、「これが私の愛するものであり、これが私の我慢できないものです。これが私のしたいことであり、これが私のしたくないことです」と伝えれば、あなたの心は守られるのです。


聖書に素晴らしい御言葉があります。箴言4:23です。「油断することなく、あなたの心を守れ。命の泉はこれから流れ出るからである。」


つまり、あなたが正しく境界線を引くならば、あなたの心を守ることになるのだということです。



今日の一言:正しい境界線を引こう



鶴田健次


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2018.02.10 03:16 | お知らせ
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皆さんこんにちは(*^^*) TKです。新しい年が始まり、もう1か月が経ちましたね!私はつい最近、ようやくですが学校生活へのエンジンがかかってきた気がします。(主に勉強に対して。。。)毎日、その日その日は神様に与えられていると自覚し、大切に過ごしていきたいですね。

さて、今日は「裁き」と「戒め」について考えてみませんか?

裁きについてみなさんがよく聞くのは、「人を裁いてはいけない」(ルカ6章37節)という部分ですね。そして皆さんが考えているのは、人を裁くというのは陰でその人の悪口を言うという事ではないでしょうか?私もそう考えていました。

気になったので、色々調べてみたところ、あるブログでは、裁くことと、戒めることは全く違うと書いてありました。引用を載せます。
「パウロは、『私のほうでは、からだはそこにいなくても心はそこにおり、現にそこにいるのと同じように、そのような行ないをした者を主イエスの御名によってすでにさばきました。』(Ⅰコリント5章3節)と語っています。ここでいうパウロがさばいたということは、聖書が戒めている『さばいてはならない』のさばきではなく、正しい姿に引き戻す、回復させる、ゆるしが約束されている悔い改めへと導くためのものです。パウロは教会に対して、『何をしてもいいよ、私はさばかないから』と罪を黙認したのではなく、むしろ愛によって『それは神の御心と福音に反する誤った行為であり、罪である』とペテロさえも 『さばいた』のです。」

続きは上のリンクから。
人を裁くことと、戒めることの違いについて、詳しく、わかりやすく書いてあります。
ぜひ読んでみてください!
このブログをすべて貼り付けたいところですが、盗作になってしまうのでやめておきます( `―´)ノ

しかし、本当の意味の「裁き」について、わかっていただけたでしょうか?パウロがしたように、愛によって、兄弟姉妹を戒めることにより罪を自覚させ、悔い改めと導くことが、本当の聖書的な「裁き」なのです。

またまた同じブログより。
「人をさばくことと、罪を戒めること (指摘すること) とは別のことです。人をさばいている時の人の心の根底には、その人を傷つけ、貶め、破壊することしか頭にありません。しかし罪過ちに対して戒めること、指摘してあげることの根底には、その人を悔い改めへと導き、建て上げ、回復させることが願いであり、目的となっています。そこには常にキリストの十字架とゆるしが存在しています。悔い改めに導くとは、その人を救う働きなのです。」

私はまだ、人を悔い改めへと導くような大それたことはしたことがありません。(むしろこれからもできるのかどうかもわかりません・・・!)しかし、このことを自分のことに適用するとしたら、私の6歳の甥に対する戒めです。彼が悪い事をした時、私は叔母という立場で、彼の行いを注意し、どうするべきなのか一緒に考えさせます。ですが、これはもちろん彼への愛と赦しを持って行っていることです。愛と赦しなしで注意したり、ただ単に叱ったりするのは、戒めではありません。

さて、皆さんは人を「裁き」「戒め」について今どう思われるでしょうか?私は、本当の意味を知った今、戒めることは聖書的愛の形だと思います。兄弟姉妹の罪について祈ることも大切なことです。しかし、それを戒めないで、そのままにしておくのは本当の神様の愛なのでしょうか?もちろん、戒める者も、愛と謙遜をもって行わなければなりません。皆さんが、戒めの中にある本当の愛とは何なのか、考えるきっかけになればと思います。



(TK)

2018.02.07 13:47 | その他

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ラスベガス日本人教会の行事

毎週月曜日  10:00 AM ~ 

初心者・中級者向け聖書勉強会

本日25日より、信仰の分かち合いの場、聖書の学びの場として、初級-中級の方々に向けた新しい聖書クラスが始まりました。初級-中級以外の皆様も是非ご参加ください。

 

211 ()  2:15 PM

背骨コンディショニングの体操教室

毎月恒例の背骨コンディショニングの体操教室が開かれます。

なたでもご参加下さい。今年も健康管理を心がけ、神様からいただいた大切な身体をしっかり管理しましょう。

 

218 ()  11:00 AM

日英合同礼拝

英語でのメッセージに、日本語の通訳がつく形式で礼拝がもたれます。

  

毎週月曜日

早天祈祷会          6:30 AM   

聖書クラス           10:00 PM  

 

毎週水曜日

早天祈祷会          6:30 AM   

夜の祈祷会          6:30 PM 

 

毎週金曜日

早天祈祷会          6:30 AM 

 

 

Lent-2015 - christchurchcolumbia_org 

アメリカ及びキリスト教の行事

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アブラハムリンカーンの誕生日(州によって祝日になったり、行事を行うようです)

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2018.02.06 02:24 | 教会イベント

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