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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

461:決算の日_convert_20191109041546


「決算の日」


 今日は、聖書が教える決算の日について考えてみました。

 皆さんも一緒に考えてみてください。


 巨大なトウモロコシ畑に一匹のクモがいました。それは大きなクモで、トウモロコシの茎の間に綺麗なクモの巣を作りました。そのクモはクモの巣に引っかかるすべての虫を食べて大きく太っていました。彼(クモ)はその家(クモの巣)が大好きで、そこで残りの生涯を送ろうと思っていました。


 ある日、クモはそこで小さな虫を捕まえました。彼がその小さな虫を食べようとしたとき、虫が言いました。「もし逃がしてくれたら、君の命を救う大事なことを教えてあげるよ。」 クモは気になり、しばらく考えて、続きを聞きました。小さな虫は言いました。「君はこのトウモロコシ畑からすぐに出るべきだよ。もうじき収穫期が来るから。」


 クモは笑って言いました。「その収穫期とはいったい何のことを言ってるんだ。君はただの作り話をしてるんじゃないのか。」 そこで小さな虫は言いました。「違うよ。作り話じゃなく本当の話だよ。この畑の持ち主がもうじきトウモロコシを収穫しに来るんだよ。それがいつかは誰も知らないけど、必ずその時が来るよ。すべてのトウモロコシが倒され、トウモロコシが集められるんだ。もしここに居れば、君は巨大な機械で必ず殺されることになるよ。」


 クモは言いました。「僕は収穫やトウモロコシを倒してしまう巨大な機械のことなど信じないよ。」


 「この畑はトウモロコシを植えた持ち主のものだよ。だから、その持ち主は必ず収穫をしに来るんだよ。」


 クモは笑って言いました。「僕は君を信じない。」 そう言うと、そのクモは小さな虫を食べてしまいました。


 数日後、クモはあの小さな虫が言った話を思い出しながら笑っていました。彼は自分に言いました。「収穫だって?バカバカしい話だ。僕は今までずっとここで生きてきて、僕の生活を邪魔するものなど何もなかった。僕はこれらのトウモロコシがまだ数インチの高さしかないときからここにいるんだ。そして、これからも一生ここで暮らすんだ。この畑は何も変わらないさ。人生とは実にいいもんだ。」


 次の日、トウモロコシ畑は快晴でした。空はきれいで風もなく、素晴らしい日でした。午後になって、そのクモが昼寝をしようとしていた時、大きな土埃が彼のほうに向かって来るのに気づきました。また地響きと共に聞いたこともない大きな音が聞こえ、彼はつぶやきました。「いったいこれは何事だろう。」


 決算の日が近づいています。あなたはその準備ができていますか?


 「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。 このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう。だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。」(マタイ24:42-44)



今日の一言: 人生最大のテーマは決算の日の備えです



鶴田健次


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2019.11.09 04:16 | 鶴田健次牧師より

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 今日は、「人間はどのように生まれてきたのか」ということを考えてみました。


 人間は生まれたくて生まれた訳ではなく、自分で選んだのではない母親から生まれ、自分の意志からではなしにこの世に存在するようになったことは歴然たる事実です。そしてこの事実に対する説明は基本的には二つしかありません。


 一つ目は、「まったく偶然に、自然発生的に存在するようになった」とする進化論的立場です。つまり、地球ができて何十億年もの時間があれば、未だに誰も見た訳ではないけれど、自然発生的に生物ができた筈だとする立場です。そしてこの理論によれば、あなたの先祖は猿です。


 二つ目は「あなたは誰かによって造られた」とする創造論的立場です。そして、それは人間をはじめとして、生物の構造はあまりにも合目的的にデザインされており、このようなものはたとえ数十億年の時間があっても偶然に生まれる筈がないと考えます。そして、この造った存在は当然のことながら人間よりも遥かに優れた存在であり、これを「神」と呼びます。それによれば、あなたは猿の子孫などではなく、神が目的を持って造られた尊い存在です。


 ここでもし、数十年とか数百年、あるいは数千年で進化が起きたと言えば、誰も進化論など信じません。なぜなら、そんな短期間では何も起こらないことを経験的に誰もが知っているからです。つまり進化の過程を明らかな根拠もなく数十億年であるとするところに進化論のもっともらしさが生まれるのです。


 聖書では、目に見えない事実を認めることを「信仰」と言います。ですから猿から人間になる過程を見たこともないのに進化論を認めることは、一見、科学的装いをしてはいても、未だに何の証明もされてはいない訳ですから、それもまた「信仰」です。あなたは猿の子孫であることを望みますか?それとも聖書が証言する、神の愛による最高傑作であることを望みますか?


それからもうひとつ、神の存在に関して言えば、「神は存在しない」という見解と、「神は存在する」という二つの見解があります。そこで神無しの世界観に基づけば、あなたは偶然の産物であり、あなたには存在目的も意味もないことになります。なぜなら、偶然性の中には意味も目的も存在し得ないからです。


それに対して、神有りの世界観では、あなたは至高者なる神の最高傑作であり、あなたの存在には素晴らしい意味と目的があることになります。なぜなら、神の言葉である聖書がそう証言するからです。


 あなたは、どちらを望まれますか?


 意味も目的もなく偶然に生まれた猿の子孫として生きていくことですか?

それとも素晴らしい意味と目的をもって神に造られた尊い存在として生きていくことですか?



今日の一言: あなたは猿の子孫ではなく神に造られた尊い存在



鶴田健次  


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2019.11.02 01:22 | 鶴田健次牧師より

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 今日は、「試練の目的」について考えてみました。


 人は生きている限り、誰でも試練を経験するものです。そして、この試練は、私たちの心の向け方次第では、人生の大きな転機となったり、また私たちの人格形成に大きな貢献をします。聖書の中にも、試練や患難に関する多くの記述があり、それらが良い目的のために用いられることが述べられています。

 

パウロは、「患難は忍耐を生み出し、忍耐は練達を生み出し、練達は希望を生み出す」と言いましたが、試練や苦難や患難を神から与えられた訓練として受け止めていくなら、そこには物事に対する新しい解釈が与えられ、そこを通らなければならない確かな理由が見出されるものです。

 

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 聖書の中に、人類史上、最大の試練を経験した人物として、ヨブという人が登場します。ヨブは、その厳しい試練を通して「神の主権」ということを学び、そこから彼の人生に回復がもたらされるのです。

 

 旧約聖書のヨブ記によれば、主人公ヨブは神が自慢されるほどの素晴らしい信仰の持ち主であり、また東の国で一番裕福な人でした。ところが、突然、彼の身に二度に渡って大きな試練が訪れ、すべての財産と十人の子供たち全員の命を失ってしまいます。そして更に、全身をひどい皮膚病で覆われ、陶器の破片で体中をかきながら、灰の中に座って苦しむのです。

 

 「こんなことになっても、まだあなたは神を敬うのですか? いっそのこと、神を呪って死になさい」と言って冷たく見放す妻に対し、ヨブは、「われわれは神から幸いを受けるのだから、災いをも受けるべきではないか」と言って、一言も神に不平を言う事がありませんでした。
 

 ヨブの苦難を聞いて、三人の友人がヨブを慰めるために訪ねて来ますが、想像を絶するひどい光景に、三人とも言葉を失ってしまいます。変わり果てたヨブの姿のあまりのひどさに、三人は、一週間もの間、ヨブのそばに座ったままで、一言も声を掛けることすらできません。

 

 やがてヨブは、「どうして罪のない者が苦しむのですか」と神に問いかけるようになりますが、神は一言もお答えになりません。

 

 三人の友人は、ヨブに対し、試練の原因はお前にあるのだから、黙って神の戒めを受け入れよ、と説得します。ところがヨブは、全く身に覚えのない友人たちの忠告に対し、自分の身の潔白を訴え続け、「私には、何も思い当たるところがない」と言い続けるのです。

 

 次に、ヨブと友人たちの論争を聞いていたエリフという若者が来て、「神はあまりにも偉大で、人は神の思いをすべて理解することなど出来ないのだから、自分を賢い者としないで、全能の神を恐れ敬いなさい」と勧めます。

 

 そして、この長い友人たちとの論争の後、最後に神ご自身が、「無知の言葉をもって、神の計りごとを暗くするこの者はだれか」とヨブに語りかけ、延々と次のような事を問われるのです。

 

・ わたしが地の基をすえた時、どこにいたか。もしあなたが知っているなら言え。

・ 星の配置を決めておられるのはわたしであって、あなたではない。

・ 野ロバを放って自由にし、荒野をその住みかとして与え、本当ならば死んでしまう筈の荒地でこれらを生かしているのはわたしであって、あなたではない。

・ たかが舞い上がり、その翼を伸べて南に向かうのは、あなたの知恵によるのか。

・ 鷲が駆け上り、その巣を高い所に作るのは、あなたの命令によるのか。

・ 非難する者が全能者と争おうとするのか、神と論ずる者はこれに答えよ。

 

 つまり神は、人間が知りうる筈のない事をすべて知り尽くした上で、絶対主権をもってこの世を支配し、ただ最善のみをなしておられるのだから、その神を認める事こそがすべての問題解決の鍵であり、人生の問題は結局のところ、この神理解に帰着するのだということをヨブは悟るのです。

 

 そこでヨブは、神の前に、地面に頭をこすりつけるようにして悔い改めの祈りをします。それに対し、神は、昔ヨブが東の国で一番の金持ちであった時の二倍の富を彼に与え、新しい妻との間に十人の子供が与えられ、娘たちは、その国で一番美しいと言われるようになりました。そんな素晴らしい人生を、ヨブはこの試練を通して得るのです。

 

 あなたは今、試練の中におられますか。あなたは、その試練があなたに幸いをもたらすものであることに同意できますか。ならば、あなたは今どんな一歩を踏み出す必要があるでしょうか?

  

今日の一言: 試練は人生に幸いをもたらす

 

 鶴田健次



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2019.10.26 00:18 | 鶴田健次牧師より

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「一つのドアが閉ざされても、もう一つのドアが開かれる。」  


  かつてモーセが数百万人のイスラエルの民を約束の地に導くためにエジプトから連れ出したとき、エジプトの王パロは軍隊を率いて彼らの後を追いました。逃げるイスラエルは行く手を紅海に阻まれ、後方からはエジプトの軍隊に囲まれました。ところが、八方塞の状態に置かれたイスラエルのために、神は紅海の水を二つに分けて海底に道を設け、彼らはまるで乾いた地を渡るようにして難を逃れることができたのです。

 


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 神は驚くべき力を持っておられます。天地万物を創造された神は、海を二つに分け、天からマナを降らせ、手も触れずに難攻不落の城壁を壊してしまわれます。また死人を生き返らせ、太陽を天空に止めさせ、日時計を戻すことさえなさるのです。

 

 さらに、創造者なる神の知られざる力は、私たちの人生における「躓きの石」を「踏み石」に変える能力です。つまり一つの可能性のドアが閉ざされても、神はもう一つのドアを私たちのために開かれるのです。また、ひとつの失敗が不思議な方法で成功の鍵となり、苦い経験が新しい段階に進む決断の時となるのです。これらはすべて聖書のこの約束の言葉に根ざしています。

 

 「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さる。」(ローマ書828

 

 神は、神を愛する者たちのためには必ず万事を益として下さいます。それは決して私たちの上に降りかかるすべての事が良いという意味ではなく、神は私たちの人生に降りかかるどんな醜いことでも、それを美しくすることができるということです。神は私たちの人生の最悪の経験を通して、私たちを強め、正しくし、謙遜で誠意ある者に作り変え、最良の結果をもたらして下さるのです。

 

 あなたは今、一つのドアが閉ざされた経験をしておられませんか? しかし心配は無用です。なぜなら、神はあなたのためにもう一つのドアを用意しておられるからです。

 

 

今日の一言: 一つのドアが閉ざされても、もう一つのドアが開かれる

 

 

鶴田健次

 

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2019.10.18 15:03 | 鶴田健次牧師より

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 きょうは、「成熟」ということを考えてみました。

  

 スーパーマーケットで、カートは、4番レジの買い物客の荷物を車まで運ぶようにとの店内放送が聞こえたとき、忙しく倉庫仕事をしていたところでした。彼は、もう少しで作業を終え、外の新鮮な空気を吸いたいと思っていたところだったので、すぐに呼び出しに答えました。

 

 彼がチェックアウトのカウンターに近づくと、優しい微笑が彼の目を引きました。それは新しいチェックアウト係りで、とても美しい女性でした。彼女はたぶん年上(26歳くらい、彼は22歳)で、彼は彼女に一目惚れしてしまいました。

 

 その日の夕方、仕事を終えた彼は、彼女の名前を知ろうとタイムカードを押す休憩室の入り口で待っていました。すると彼女がそこにやって来て、彼に軽く微笑むと、タイムカードを押し、そこを去って行きました。彼女のタイムカードを見ると名前がブレンダとありました。彼は彼女の歩く後姿を見るために外に出ました。

 

 次の日、仕事が終わると、彼は外で彼女を待ちうけ、家まで送らせて欲しいと願い出ました。彼は害を加える人には見えなかったので、彼女は応じました。彼女を降ろすとき、彼は控え目に、今度は仕事以外のときに会えるかどうか尋ねました。

 

 彼女は間単に、それは無理だと言いました。彼が再度尋ねると、彼女は二人の子供がいて、ベビーシッターを頼む余裕がないからと説明しました。そこで彼がベビーシッター代を払うからと言うと、彼女はしぶしぶ次の土曜日のデートを了解しました。

 

 土曜日の夕方、彼がアパートに着くと、彼女はドア越しに、一緒に行けなくなったことを伝えます。理由を聞くと、ベビーシッターから電話があり、急に来れなくなったということでした。カートはためらわず、「じゃあ、子供たちも一緒に連れて行こうよ」と言いました。

 

 彼女は子供たちを連れて行くことなどできないと言いましたが、彼は上手に彼女を説得し、結局4人で一緒に行くことにしました。ようやくブレンダは、彼女の子供たちを紹介するために彼を部屋の中に入れました。彼女の上の子は女の子で、カートは、人形のように可愛い子だと思いました。それから、ブレンダは車椅子に乗った下の息子を奥の部屋から連れて来ました。その息子はダウン症で対麻痺として生まれた子でした。カートはブレンダに聞きました。「子供たちが我々と一緒に来れない理由がまだ解からないけど?」 ブレンダは驚きました。ほとんどの男性は、子供が二人もいると聞いたら、ましてや障害を持った子供がいると知ったら、女性から逃げてしまいます。まさに彼女の最初の夫と子供たちの父親がそうでした。

 

 その夕方、カートとブレンダは、子供たちを連れて食事と映画に行きました。彼女の息子に何か必要があれば、カートはどんな世話もしました。トイレに行くときも、カートは車椅子から彼を抱え上げて連れて行き、また抱えて戻ってきました。子供たちはカートが大好きになりました。夕方の終わりに、ブレンダは、自分が結婚して、生涯を共に過ごす相手はこの人だと思いました。

 

 一年後、彼らは結婚し、カートは彼女の二人の子供たちを養子にしました。そして、彼らにはさらに二人の子供が加えられました。

 

 それで、その後、このスーパーの倉庫係りの青年とチェックアウト係りの女の子に何が起こったでしょう?

 

やがてカート・ワーナーはNFLのチームとクォーターバックの契約をし、数々の記録を残し、アメリカンフットボールの花形選手として、その歴史に金字塔を打ち立てるのです。

 

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 以前、あるカップルと結婚カウンセリングをし、その中で、結婚は相手の負債を引き受ける決心をすることだという話をしました。この負債とは、お金の負債はもちろんのこと、相手の弱さ、足りなさ、欠点などのことで、それを自分が引き受ける決断をする。それが結婚に関する聖書の教えであり、そこに結婚の重要な意味があるという話をしました。

 

 信仰深いカートはブレンダの息子を引き受ける決心をし、それを立派に全うしました。そこに彼のクリスチャンとしての成熟さを見ます。そういう彼の成熟さが、時給$5.50のアルバイト生活からスーパーボウルのMVPにまで駆け上がったシンデレラ・ストーリーのバックボーンになっているような気がします。

 

 

今日の一言: 成熟さは幸せな人生の鍵

 

 

鶴田健次


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2019.10.12 01:17 | 鶴田健次牧師より

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