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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

牧師室より#387「自分を幸せにできるのは自分だけ」_convert_20180526014542 

『自分を幸せにできるのは自分だけ』



あなたは幸せですか・・・?


自分の生涯を閉じる日が来たとき、「ああ、私の人生は本当に幸いな人生だった。そして、これからは更に素晴らしい、新たな永遠の人生が私を待っている」ということを本気で言うことができるなら、その人は本物の幸せをつかんでいる人だと言えます。また本当の自分を生きている人だと言えます。


人は誰でも、生きる上での心の拠り所や、その人なりの人生の目的を持っています。しかし、もし人が普遍的な心の拠り所を持たず、普遍的な人生の目的を持っていないなら、その人は本当の幸いを得ているとは言えないのではないでしょうか。


普遍的な心の拠り所も、普遍的な人生の目的も、神を知ることなしには絶対に得られないものです。神を知り、神と共に生きている人は、神の愛という座標軸をもとに自分の人生を見ようとします。またいつも永遠という視点に立って物事を見ます。


ですから、そういう人は、自分の不幸を他人や状況のせいになどせず、どういう状況でも、その中に大切な意味を見出していくことができるのです。


あなたは、自分を幸せに出来るのは世界中で自分しかいないことをご存知ですか? 同様に自分を不幸に出来るのも世界中で自分しかいないのです。この事実を知らないで生きている人がたくさんおられますが、その状態は、まさに自由を失った『かごの中の鳥』のようなものです。本当は羽ばたく力があるのに、かごを理由にして羽ばたこうとしないのです。もっと自由に歌えるのにその歌を忘れてしまっているのです。


あなたはいかがですか・・・?


アニー・チャップマンという婦人伝道者のこんな話があります。ある日、彼女は、五百人が参加した婦人集会で講演をしたそうです。集会が終わって、会場を出ようとしたら、一人の婦人が誰もいなくなった会場の後の方に座っていました。


アニーは彼女のそばに近づき、話しかけました。その婦人は、三人の子供を持つ母親で、17歳の長男は、筋ジストロフィーのために車椅子の生活をしていて、他の二人の子供も、情緒的な問題を抱えているということでした。その婦人はアニーにこう言いました。


「私の生活を悲惨にしているのは、実は夫です。息子の養育に関しては、何の手助けもしてくれません。トイレに行く間、息子を抱いていてと頼んでも、それさえしてくれないのです。私の父が今週亡くなりました 父は、私には何の財産も分けてくれませんでした。私の夫を憎んでいたからです。」


そしてさらに彼女は、驚くべき発言をしました。「私は今日の集会に、一つの祈りを持って来ました。それは、夫を殺して欲しいという祈りでした。『神様、私はカゴの中の鳥です。どうか、私のために出口を用意してください』と祈りました。すると、今まで感じたことがない程はっきりと、『カゴの中の鳥でさえ歌いますよ』という神様の声が聞こえました。先生、私はこの答えをどう受け止めればいいのですか?」そう彼女は尋ねました。


アニー・チャップマンは、こう答えました。「神様が『歌いなさい』と仰るなら、あなたは自分の歌を見つける必要があります。」


 「神様が『歌いなさい』と仰るなら、あなたは自分の歌を見つける必要がある。」


いかがでしょう・・・? 困難からの脱出は、そのほとんどが、環境を変えればよいというようなものではありません。たとえ環境を変えても、その人が変わらなければ、その人の問題はどこにでも付いて来て、また必ずそこで芽を出してしまいます。


本当の問題解決は、神様が、なぜその困難を自分の前に置いておられるかという問いに対する答えを見つけ、それと取り組むことによって得られるものです。


ですから、人には、「ああ、私には、この事が見えていなかった」という、神の視点から見た気づきが必要です。素晴らしい人生の扉は、『私には、この事が見えていなかった』という気づきによって開かれていくものです。



今日の一言: 私は自分の歌を見つける必要がある



鶴田健次


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2018.06.01 22:35 | お知らせ

牧師室より#386「苦難は神の摂理の中に」_convert_20180519040526 


『苦難は神の摂理の中に』



人間の歴史は、まさに苦難の歴史です。人は生きているかぎり誰でも苦難に遭います。経済的な苦難、精神的な苦難、人間関係の苦難、また病気の苦難など、様々な苦難があります。


今回は旧約聖書のヨブ記を開きたいと思いますが、ヨブという人は、かつてイエス様が「ヨブの試練」と表現されたように、試練の代表とも言える、大きな、しかも理由の分からない苦難を経験した人です。


ヨブは、東の国で一番裕福な人で、また神が悪魔に自慢する程の信仰深い人でした。ところが、そのヨブが試練に遭い、全財産と多くのしもべたち、またそれに加えて10人の子供たち全員を失います。その上、彼は健康を損ない、足の裏から頭の上まで悪性の腫れ物で覆われてしまうのです。


ヨブ記の1章、2章を見ると、この試練は悪魔からのもので、神の許しのもとで起こったことが説明されていますが、私たちは、その試練の背後に、測り知れない神の愛と摂理が働いていることを認め、謙虚な心でこのことを受け止めなければなりません。


ヨブ記は、人はなぜ苦しみに会うのかを説明しているのではなく、人生の苦難の意味を探りながら、苦難に会ったとき、私たちはどういう態度を取るべきかを教えています。そこで今回は苦難の中に見出される神の祝福について考えてみます。


まず第一に、苦難は、私たちを成長へと導きます。なぜなら、苦難は私たちに自分を反省する機会を与えてくれるからです。人は苦しみに会ってこそ、自分の間違いに気づくものです。すべてが上手くいっている時は、間違いがあっても、それを認めようとしません。


しかし、自分の行く道が険しくなり、逆境が襲ってきたら、何が間違っていたのかと自分を反省し、そういう心で見なければ見えてこない自分の問題に気づくのです。


ヨブ記は、ヨブが神の前で自分の無知を知らされ、神の全能性、絶対性を認めるところで終わります。彼の受けた苦難は、信仰深く謙遜であったヨブに、さらに深い信仰と謙遜を増し加え、ヨブを更なる成熟へと導きました。


第二に、苦難は、私たちと神との関係を新しくします。ヨブは苦難を通して神との新しい関係を持つことができました。もともと神との良い関係を持っていたヨブですが、苦難を通して、さらに新しい関係を築き上げ、以前にも増して大きな祝福を与えられるのです。


人は、苦しみの中から神を呼び求めるようになります。明るい昼間に、光りを捜し求める人はいませんが、真っ暗な夜になれば、人は明かりが欲しくなります。苦しみの暗闇が近づいてこそ、人は希望の光りを捜し求めるのです。


詩篇 50篇15節に、「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう」と記されています。


苦難は、人を新しい人に変える熔鉱炉のようなものです。熔鉱炉の中で、不純物を取り除き、純粋な金銀を得ることができるように、神は、苦難の火を通して、私たちから不純物を取り除かれるのです。苦しみによって私たちの心が砕かれ、溶かされるとき、私たちの不純物が取り除かれ、クリスチャンとしてふさわしい品性が養われるのです。


第三に、苦難は神の器を作ります。ヨブを見ても分かるように、苦難は素晴らしい信仰者、素晴らしい神の器を作るために必要なプロセスです。ですから、苦難に出会ったときは、もっと先にある神の摂理的な計画に目を向けなければなりません。


神は、私たちを祝福して下さるために、先ず器を準備させようとなさるのです。その器は、私たち自身です。ですから、神はイスラエルの民を乳と蜜の流れるカナンの地に導かれるとき、荒野を通らせられたのです。それは、苦しみを通して、彼らを神の器として準備させるためでした。


申命記 8:16には、「あなたの先祖たちの知らなかったマナを、荒野であなたに食べさせられた。それは、あなたを苦しめ、あなたを試み、ついには、あなたをしあわせにするためであった」と記されています。 





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2018.05.19 04:07 | お知らせ

牧師室より#385「母の日のメッセージ」_convert_20180512024143 

『母の日のメッセージ』



歴史を通して偉大な人物となった人の背景には、必ず偉大な母親がいたということを私たちはよく耳にします。古代キリスト教の偉大な教父また神学者として有名なアウグスティヌスの陰には、彼を涙の祈りによって放蕩生活から立ち直らせた母モニカの存在が知られています。


また18世紀、産業革命の只中にあった英国で、メソジスト教会の基礎を築いたジョン・ウェスレーと、兄を助け数千曲の讃美歌を作詞した弟のチャールズ・ウェスレーの陰には、謙遜で物静かで、祈りの人であった母スザンナの存在がありました。


ジョン・ウェスレーは、その母スザンナについて語る時はいつも「私が妻を迎える時は母のような人を選びたい」と言いました。


また中国の蒋介石元首に30年間も仕えていたオ・ムンギ将軍がこんな事を書いています。一度、元首の誕生日に人々がご馳走を準備してお祝いしようとしたとき、元首はこう言ってその申し出を断ったそうです。


「私の誕生日は私を生んだ母が、この日にどれだけ苦しんだことか、それを考えれば私だけがご馳走を食べるわけにはいかない。この日は母こそがご馳走を召し上がるべきであるのに、もうすでに亡くなられたので、私は母を記念し感謝することにして、今日は何も食べない。」 


そう言って、その日は一杯の水も飲まずに母親を思い出しながら誕生日を過ごしたそうです。


私たちは、母の日を迎えて、私たちを生んで育ててくれたお母さんの苦労と犠牲をまず覚えて、そのことを感謝しなければなりません。母親を敬い、感謝することが一番の親孝行です。それから、母親を心配させないことも親孝行です。母親に何か凄いことをするのが親孝行ではなく、母親を心配させないことです。  


箴言15章20節に「知恵のある子は父を喜ばせ、愚かな者はその母をさげすむ」と書いてあります。また、コロサイ書3章20節には、「子どもたちよ。すべてのことについて、両親に従いなさい。それは主に喜ばれることだからです」とあります。


親を大切にしない者は愚かな者で、親を喜ばせる者は知恵のある者、そして親に従うことは神が喜ばれることだと神は言われるのです。あなたはいかがですか? 


親はいつも子どものことを心配しています。ですから子どもが親を心配させることばかりすれば、親は絶対に幸せではなく平安ではありません。親孝行をしようとするなら、親が心配しないようにすることです。


今年の母の日は、いつも以上にしっかりとお母さんに感謝の言葉を述べ、お母さんを心配させないようにすることを心新たにされてはいかがでしょう? また同時に、このように私たちを犠牲的な愛で愛し続けてくれたお母さんを与えて下さった神様に心からの感謝を捧げましょう。



今日の一言: お母さんを大切にしよう



鶴田健次



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2018.05.12 02:44 | お知らせ

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