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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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イスラエル旅行の6日目。
エルサレムでの最初の朝を迎えたのですが、上の写真のようなぼんやりした朝の太陽でした。モヤか霧かと思い「なんと幻想的!」、なんて思っていたら、サウジアラビアで発生した砂嵐が原因だそうです。大規模な砂嵐で収まるまで数日続きました。(これ以降、外での写真が赤いのは砂嵐のせいです。ご了承ください。)

朝食を終えてバスでエルサレム市内を走っている時に撮った写真は、前方50メートル先が見えませんでした。
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向かった先はエルサレムから10キロ程南に位置するパレスチナ自治区・ベツレヘムの周辺にあるいくつかの施設です。
最初は、ベツレヘムから東の谷をひとつ越えたところにある「羊飼いの野」へ行きました。
こちらの写真は羊飼いの野の入り口です。「Gloria In Excelsis Deo / いと高きところには栄光、神にあれ」と、天使たちが告げた言葉がゲートに掲げられています。
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普段はこの丘からとてもきれいな景色が一望に見えるのですが、砂嵐の中での写真も、また思い出の写真です。
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少年時代に羊飼いをしていたダビデはベツレヘムの生まれなので、この辺りの丘陵地帯は良く知り尽くした地だったと思います。洞窟がたくさんあって、寒い冬は羊たちを洞窟に導き入れ寒さから守り、入り口で火を焚けば外敵からも羊たちを守りやすかったと思われます。
そんな洞窟のひとつに入りましたが、天井の岩はすすで黒ずんでいました。この洞窟は礼拝ができるように整えられていました。
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「さて、この地方で羊飼たちが夜、野宿しながら羊の群れの番をしていた。すると主の御使が現れ、主の栄光が彼らをめぐり照したので、彼らは非常に恐れた。・・・」(ルカの福音書2:8-9)
月明かりのきれいなある夜、羊飼いたちは人生最大の驚きに合ったのです。見た事も無い光が野を照らし、天の御使いが、「今日ダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生れになった」と言うのです。すると、たちまち大勢の天使たちが現れて、「いと高きところでは、神に栄光があるように、地の上では、御心にかなう人々に平和があるように」(ルカの福音書2:14)と、大音響で美しいハーモニーが夜空に響き渡ったのでした。

そのことを記念する教会が下の写真です。中は礼拝堂ではなく、記念堂のようでした。
天使が言った言葉「ダビデの町」とは、ダビデが生まれたベツレヘムを指す言葉です。羊飼いたちは大急ぎで示された場所に行きました。ですが羊飼いたちは、人類の救い主の誕生が、まず最初に自分たちに知らされたことを知る由もありませんでした。やがて、偉大なる羊飼い・大牧者となり、人類の罪の身代わりとしての傷の無い子羊となる方との対面をしたのでした。
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下の写真は天井のドームから光が入るようになっていますが、羊飼いに現れた神の栄光の光を表現しています。
他の3つの絵は物語になっています。天使が羊飼いに、救い主がお生まれになることを知らせ、御子を拝みに行き、喜び歌い踊りながら帰って行く。羊飼いたちは喜びに満たされてこの事実を多くの人々に知らせたに違いありません。
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さて、羊飼いの野を後にして、次はパレスチナの中で生活しているメシアニックジュー・クリスチャンの工房を訪ねました。
ここのパレスチナ自治区はキリスト教人口が比較的多いと言われます。観光業で成り立っているベツレヘムとその周辺ですが、経済的に貧しい暮らしをしているクリスチャンが多いのだそうです。そんな中で、下の写真の建物を借り、数人のクリスチャン・アーティストが木工のお土産品を作って店に卸している工房がこちらです。
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工房の隣は小さい店になっていて、作ったものを買うことができます。皆さん、たくさんお買い物をしていました。
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次に行った場所は聖誕教会・Church of the Nativity です。
ここへ行くために、私たちはバスを降り、バンに乗り換え、ガイドさんもアラブ人の方と代わりました。写真はアラブ人ガイドさんとお会いした時に撮った写真と、ギュウギュウ詰めの車内。
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バンを降りたところが、聖誕教会の正面広場(Manger Square)でした。この建物が聖誕教会なのですが、教会というより「要塞」という感じです。
聖誕教会は、326年コンスタンティヌス1世が、イエス様がお生まれになった馬小屋として使用していた洞窟の上に教会を建設し、339年に完成しました。しかし6世紀にサマリヤ人により焼き払われ、モザイクの床だけがわずかに残り現存しています。565年にユスティニアヌス帝によって大聖堂は元のように復元され、現存する教会では最古のものということです。
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私たちのアラブ人ガイドさんはベテランガイドさんで、いつも観光客で混み合っている教会内部の事情を知り、私たちを後ろの入り口に案内し、教会の心臓部ともいえる「銀の14角星」(14角の意味マタイ1:17)のすぐ近くに連れて行ってくれたのです。
「銀の14角星」は、イエス様が生まれたスポットで、星の真ん中に手を入れると、実際の岩に触れることができる場所です。右の写真の床の奥にあります。
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聖誕教会の内部は残念なことに工事中でした。数ある柱に残された弟子を描いた古い絵や、壁上部に十字軍が作ったモザイク画があるのも全て覆われて見えませんでした。しかし現在の床の下に、326年建設当時の、天然の石を材料に作られた幾何学模様のモザイクの床は、今も色鮮やかに見ることができました。
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聖誕教会の外観が要塞のような理由は、11~12世紀に十字軍がベツレヘムを占領した時に、教会の周囲に堅固な城壁を築き要塞化したものが今日に残っているということです。
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最後に聖誕教会の祭壇で、アラブ人ガイドさんと聖誕教会のスタッフさん2人も交えての記念撮影を、ガイドさんがアレンジしてくださいました。感謝です。

さてさて、次回(6/22)は、パレスチナ・クリスチャン幼稚園、ラケルの墓、他 を予定しています。

(Mi)


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2016.06.15 13:00 | イスラエル聖地旅行
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