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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

『すべての事について、感謝しなさい。これが、キリストイエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。』 第1テサロニケ 5:18

 11月22日(日)は感謝祭礼拝が持たれました。鶴田牧師は 「感謝の心を育てる」というテーマで、どのようにしたら感謝の心が養われて喜びに満たされた生活を送ることができるのかを、3つのポイントでメッセージをしてくださいました。

1.感謝できる事柄を探す。

 パウロは、「すべての事について、感謝しなさい」と言っています。もし私たちが、“ありがとう”と心から言えれば、私たちの心は温かくなり気持ちのいいものです。そして、温かい気持ちになれた時は幸せを感じます。ですから、感謝をする機会が増えれば、心が温かくなる機会も増えるので、感謝できる事柄を探すことによって、幸せを感じる時を増やすことができます。

 そこで、感謝の機会を増やすには、感謝をする機会を減らしてしまう要素を知っておくことも大変重要です。なぜなら、それらの要素を知らないために、多くの感謝すべきことを感謝せず、幸せな気分になる機会を逃してしまうからです。では、感謝をする機会を減らしている要素とは何でしょう。それは、当たり前という捉え方です。「○○してくれて当たり前」、「○○するのが当然」という心があれば、感謝をする機会がなくなります。というよりもむしろ、すぐに不平不満を口にするようになります。

 しかし当たり前のことが実は当たり前ではないと捉えてみたらどうでしょう。その人の人生が変わります。私たちは神様が与えて下さっている全てのことに対する認識を新たにし、与えられている全てを感謝できるように心をアジャストすることが必要ではないでしょうか。

2.全ての事を神の国の視点で見る。

 キリストにある者は神の国の視点からすべてを見る特権が与えられ、全ての事が最善へ導かれるという約束があります。人間の生まれながらの性質は、自分を喜ばせてくれるものには感謝できますが、自分を苦しめたり、悲しませたりするものには感謝できません。しかし、自分を不幸にすると感じるものが必ずしも自分を不幸にするとは限りません。幸せや不幸は周りや状況によって決まるのではなく、自分自身の心によって決まるのです。周りや状況を幸せの材料として使うのか、不幸の材料として使うのかは自分の選び方次第です。

 箴言に、『銀を試みるのは、るつぼ、金を試みるのは炉、人の心を試みるのは、主である。』とあります。炉やるつぼというのは、金や銀をどろどろに溶かして、そこから不純物を取り除き、より純度の高い純粋な金や銀を作り出すためのものですが、神様はそれと同じことを、試練や患難を通して私たちにされるのです。試練は人を不幸にするためにあるのではなく、人を練り上げ、心の目を開かせ、よりすぐれた人に成長させるために神様が用意しておられるものです。しかし、試練が人の成長に役立つためには、感謝をして試練を受け止めることが大事です。

『苦しみにあったことは、私にとって幸せでした。私はそれであなたのおきてを学びました。』(詩篇119:71)

『そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることはありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私達の心に注がれているからです。』 (ローマ5:3-5)

 「神は常に私に対し最善以外のことはなさらない」という聖書の約束の言葉に基づく信仰があれば、あらゆる状況に対して感謝をすることができます。これが神の国の視点であり、祝福の原理です。これは神様に対する私たちの信頼の現われであり、「心の平安」は、神に対する信頼を持っている人に与えられる神からの賜物だと言えます。

3.神の愛を知る。

 神様は、御子イエス・キリストを私たちのために十字架につけるほどに、私たちを愛しておられます。神様は愛です。ですから、私達を愛するお方が最善以外のものを私たちに与えられる筈がありません。だから私たちはどんな事にも感謝できるのです。

 さらにパウロはローマ書8:35-37で、『だれが、キリストの愛から私たちを離れさせるのか。患難か、苦悩か、迫害か、飢えか、裸か、危難か、剣か。………しかし、私たちを愛して下さった方によって、私たちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある』と言いました。

 つまり、どんな状況も、神の愛から私たちを引き離すことは出来ません。神の愛は常に私たちの上に注がれているということです。だから、私たちはどんな状況の中でも感謝できるのです。

 瞬きの詩人として知られた水野源三さんは9才の時に赤痢にかかり、さらに脳膜炎を併発してその後遺症のために体全体が指一本動かなくなってしまいましたが、そんな水野さんがこんな希望と喜びと感謝に溢れた詩を詠んでおられます。

キリストのみ愛に触れたその時に
キリストのみ愛に触れたその時に
私の心は変わりました
喜びと希望の
朝の光がさして来ました

 また、鶴田牧師と30年来のご友人である新井雅之兄弟からの感謝の証を読んで下さいました。新井兄弟はストロークで入院し、その折ガンが4箇所から発見され、大変な状況に置かれました。今は右半身が動かず話すことも自由にできませんが、神の御愛が新井兄弟を満たし、強くし、感謝のお証を鶴田先生にメールをしてこられたのです。

 水野源三さんも新井兄弟も難題が溢れている環境にありながら、神を信じる信仰によって心に平安が与えられ、神の国の視点ですべてを見られ、どんな状況をも感謝して受け入れられる人へと変えられました。

一年に一度の感謝祭礼拝、それは神の愛をより深く学び、感謝する心が幸せを連れて来るという、文字通り感謝と喜びにあふれた素晴しい今年の感謝祭礼拝となりました。
このことを主に感謝いたします。

清流
(ブログ制作チーム: Sao)
2009.11.27 09:48 | 礼拝
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