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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

    chance screeshot

今日は、‘チャンス’ということについて考えてみました。

先日、瞑想の中で、「チャンスって何だろう?」ということを暫く考えていたら聖書のこの言葉が頭に浮かんできました。

「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」(2コリント4:18)」

この言葉が思い浮かんだのは、ある人の事を思い浮かべながら、チャンスだと思えた事が必ずしも好転に結びつかず、逆に問題だと思っていた事が大きなチャンスに変わるということが人生にはあるものだ、というようなことを考えていたからだと思います。

私たち人間は、どうしても目に見えるものに大きく左右されがちです。しかし経験的にも分かることは、見えるものは一時的な場合がしばしばで、結局のところ、多くの事柄が普遍的な原理に基づいて展開されていくということです。ですから私たちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ必要があるのです。

一万回以上の実験に失敗しながら白熱電球の実用化を成し遂げたトーマス・エジソンは、失敗を失敗とは考えず、「一回一回の失敗は、単に上手くいかない方法を確認し消去しているに過ぎず、失敗を重ねるごとに一歩ずつ成功へ近づいているのだ」と考えました。つまり、見える失敗にではなく、見えないもの(Vision)に目を注いでいたということです。「問題は何かを示す指針であり、やめろという標識ではない」と誰かが言いましたが、あらゆる問題には、別の面でのチャンスがあるということです。         
                                        
カルフォルニア州のパシフィック大学には、正門から入るとすぐに、空に向かってそびえ建つ新ゴシック風の建造物があり、ここを訪れる来訪者たちは誰でも高さが50メートルもあるこの塔に目を奪われてしまいます。ところが、ほとんどの人は、これが給水塔であることに気づきません。

さて、この美しい給水塔が建設されるに至ったこんなエピソードがあります。あるとき、大学内で水不足が深刻になり、何か対策が必要になりました。技師たちは、議論を続けた結果、正門を入ったところに高い給水塔を建てる以外に方法はないとの結論に達しました。しかし学長には、その案は受け入れがたいことでした。なぜなら、巨大で醜い鉄の給水塔は、キャンパスの美しい景観を壊してしまうからです。

そこで、議論が重ねられた結果、この不格好な建物を荘厳な建物にする案が出されました。それは全体をコンクリ-トの建物とし、その上の給水塔の部分はステンドグラスで囲み、下の部分は9階に分け、役員室、会議室、放送室などに使うというものでした。

こうして、この大学の職員たちは窓から素晴らしい眺めを楽しみながら仕事をしています。数多くある大学の中でも、このような素晴らしい建物で大学に来る人を歓迎しているところは稀です。

この話は、たとえどんな問題が生じても、その問題解決には多くの創造的な可能性が秘められていることを示しています。見える問題に心を奪われ、考えを縛られるのではなく、見えない可能性に目を向け続けるなら、思いもよらない可能性の門が開けてくるものです。チャンスとは、見えないものに目を注ぐ心が手繰り寄せるものだと言えるかも知れません。

今日の一言: チャンスとは手繰り寄せるもの

鶴田健次   

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2016.02.26 08:04 | 鶴田健次牧師より
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