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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、‘人生は蒔いた種の刈り取りである’ということを考えてみました。

新年あけましておめでとうございます!!
皆さんはどんな新年を迎えられましたか?
また今年はどんな年にしたいと思っておられますか?
人生は自分が選んだ行動の結果、つまり自分が蒔いた種の刈り取りです。
さて皆さんは今年、どんな行動を選び、どんな種を蒔いていこうと思われますか?

わたしの考えはこうである。少ししかまかない者は、少ししか刈り取らず、豊かにまく者は、豊かに刈り取ることになる。(2コリント9:6)

神は、しばしば与えることを種まきと比べられます。農夫のように、出て行ってたくさんの種をまけば、たくさんの収穫を得るのです。もし少ししか蒔かなければ、少しの収穫しかなく、まったく蒔かなければ、何の収穫もないのです。

農夫は、種まきを支出とは考えません。彼らはそれを投資とみなします。彼らは、種を買って蒔かなければ収穫もないということを知っています。

農夫たちが種を蒔くとき、彼らは興奮と期待をもってそれを蒔きます。彼らは、一粒のとうもろこしの種を地に蒔くと、たくさんの実の付いたとうもろこしになるのを信じているからです。ですから、彼らは収穫を楽しみにして種を蒔くのです。

聖書は、種まきと刈り取りについて三つの事を言っています。

1.人は自分の蒔いたものを刈り取る
もしあなたが批判の言葉を蒔くなら、人々はあなたを批判するようになります。もしうわさ話を蒔けば、人々はあなたのうわさをするようになります。人生において、あなたが何を蒔こうが、必ずあなたは自分の蒔いたものを刈り取ることになるのです。

しかし良い知らせは、この原理が肯定的な面においても同様に当てはまるということです。もしあなたが神に捧げるなら、神の祝福があなたの周りにいる人々に注がれ、それが必ずあなたに戻って来ます。また、もしあなたが人に愛情や好意や善意を向ければ、必ずその結果を刈り取るのです。

2.人は常に蒔いた以上のものを刈り取る
一粒のとうもろこしの種を地に蒔いた農夫は、やがて100~200粒の実のついたとうもろこしを何本も得ることになります。あなたが蒔くものもまた同じです。

3.人は常に蒔いた時と違う時に刈り取る
ある季節に蒔いたものは、別の季節に刈り取りをします。もしあなたが今日種を蒔いて、明日それを掘り起こしてみても、何も変わっていません。しかし、しばらくそのままにしておけば、やがて成長し実を結びます。それが神の経済における待つ必要に対する信仰の部分です。

あなたは自分の人生に、どれくらい大きな収穫を望まれますか?
神はこう言われます。「あなたがたの信仰どおり、あなたがたの身になるように」(マタイ9:29)

今日の一言: 与えることは支出ではなく投資である


鶴田牧師


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2016.01.01 13:41 | 鶴田健次牧師より
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