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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

2009年9月20日(日)、21日(月)
ヤベツ宣教師をお迎えして。

「私を大いに祝福してください。私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにありますように。わざわいから遠ざけて 私が苦しむことのないようにしてください。」(新改訳) 歴代誌 上 4章9-10節

この祈りをしたヤベツとは沢山の兄弟の中、母親の手により育てられた息子です。ヤベツ(Jabez)とはヘブル語で「痛み」という意味で、母親が彼を苦しみの中で生んだので名づけたとあります。

海外(アジア)で宣教活動をなさっているヤベツ宣教師をお迎えし、2日間に渡り、貴重なお話をして頂きました。私たちは先生のお話に感動し、会場は泣いたり笑ったり、先生ご自身のお証を交えながら、現在の宣教活動について、素晴らしい神の働きを語って下さいました。

9.21.09 YSS028

ヤベツ先生のお話はご本人の証から始まりました。  
クリスチャン生活30年以上の先生が、3年前からヤベツの祈りを始められたのはある試練がきっかけだったそうですが、この祈りを始められた先生は、ヤベツとご自分の境遇があまりに似ているため、「ヤベツ」と名乗り始められたと仰いました。幼少期、お父様の代わりに生活を支えられたのはお母様でした。ヤベツ先生はお父様に対する憤りの思いの中で成長され、クリスチャンにならずしてはあり得ない素晴らしい主のご計画、御手に触れられ、人生が180度変えられたそうです。

世間では認められないような学生生活をへて、19歳で親類を頼って大阪で就職。その仕事の中でこの世で必要な商売のノウハウを身につけられました。その仕事の関係で知り合ったある方に、まったく自分とは違う何かを感じ、「何故、この方は自分が良くない態度をしても親切にしてくれるのか」また、「何故、そこまで正直に生きているのか」と疑問に思われるようになり、質問をすると、「クリスチャンだから」という返事が返ってきたそうです。それからその方との交流が始まり、2冊の本を送られました。それは「聖書」と「塩狩峠」でした。

ヤベツ先生は石狩峠を読み、その中で3つの御言葉に心がつかまれました。「義人なし、一人だに無し」、「誰でも情欲を抱いて女を見たものはすでに姦淫している」、「だれでも兄弟を憎むものは人殺し」。
その塩狩峠の中の主人公、永野信夫の物語りは、10年来の病床に伏された婚約者との結婚式を目前に控えていながら、坂道で制御を失った列車に、乗客の方の命を救うため、自分の身をもって列車の下敷きになり、亡くなったというものでした。

その話に非常に感動し驚かれ、どうしたら自分もそのような気持ちを持つことができるだろうかと、そのクリスチャンの方に尋ねました。すると、「イエス・キリストが今から2000年前にあなたの罪の代わりに十字架で死んでくださったことを信じるだけでいい」といわれ、「信じるだけなら自分にもできる」と、キリストを信じるようになられました。しばらくして、もう一人のクリスチャンの方に会ったときに、「イエス様を信じ始めてるのね」と満面の笑顔で語られた瞬間、聖霊に満たされ、自分の目が開かれ、今までと異なる目が与えられ、全てのものは神が創られたと感じるようになり、そのとき聖なる喜びが満ちあふれ(6月20日午後4時15,6分ころから)、その喜びをかみしめました。

朝目が覚めてもその喜びは去らず、聖書をくださった方に何が起こったのかと尋ねると、使徒行伝2章1節「聖霊降臨」の箇所を示されました。ヤベツ先生はすぐ教会へ行き、教会で黙示録の12章の説教を聞いた瞬間、「イエスが自分の中におられるのが最高の幸せ」とわかりました。それまで自分が大切だと感じていたもの、喜びと感じていたものは不確かなもので、それまで吸っていたタバコはもう必要ないと思い、その場でやめ、翌日に洗礼をうけられました。

それから、憎しみの感情しか持てなかったお父様に謝罪の電話をされ、以後不思議なことが起こるようになりました。それは、人の心が分かるようになったことでした。店に来られるお客様の注文が聞く前から分かったり、今まで事実と違ったことを言っていた人々の本当の心が分かったりしたのでした。そして、その度にイエスが働かれていることを証しする機会を得ました。またウソを言っていた人々へも怒りの感情は無く、それはただイエスを知らないためだと知り、会う全ての人にイエスを証されるようになられました。

さらに、ご自身も正直に主の前に立つことを誇りに思うようになり、福音を伝えるために死をも辞さないことは最高の栄誉だと思い、神の栄光をあらわすために殉教をしたいと願われました。しかし、神からの召しは殉教ではなく、アジアの方々に神の愛を伝えることと知らされ、すぐ献身をされました。

韓国へ伝道旅行に行った折、日本国がおこなった戦時中の出来事を謝罪をされたときに、そこにおられた韓国の女性が、「今初めて日本人を許せた」と言われたことが、宣教師になる決定的なきっかけになりました。

最たる秀才方の中で中国語を勉強されることになったとき、まず自分に、旧約の中に出てくるダニエルのように10倍の知恵をくださいと祈られ、聖霊に満たされ、神からの知恵が与えられ、主席で卒業されたそうです。ご自分でも不可思議だったのですが、この世の知恵は滅び行くものであり、神のみ言葉を学ぶものは「天国のことを学んだ“学者”」であると示されたと言われました。

その後、ご家族への証が最大の親孝行と信じ家族伝導をされ、ヤベツ先生のご家族全員が主を受け入れられたことに、会場が感動しました。

ヤベツ先生は、聖書の中のヤベツについて、このように語られました。
彼は苦しみの中にありながら家族の中で一番尊ばれたものでした。彼の祈りを、とても自己中心の祈りであると批判されることもありますが、聖書の中ではその祈りの後、「神は彼の願ったことをかなえられた」と過去形であるので、主に認められた祈りであり、祈るべき祈りであることがわかります。それは、全て神の栄光をあらわすために祝福を受け人々に分け与える祈りであること、私たちの祈る神の恵みは無尽蔵で、その無尽蔵に与えてくださる方に祈っていることを知らされるともっと大きな祈りをしていく必要があると知ることができます。私たちが祝福されると地境(領土)が広がることを知ることとなり、それを知った場合、主のみ手がなければ、とても神のご用をすることができないと知るとますます祈ることになります。この祈りはそこまで確かなものです。このヤベツの祈りをすると主のみ手が見えてきます。簡単で単純なこの祈りを捧げ続けましょう。

ヤベツ先生の祈りの生活は、朝3時に始まり、3種類の祈りを捧げられます。
3番目にあげられた「黙想の祈り」とは、聖書を読み、ただ無言で祈る祈りで、ただひたすら神のみ声を聞くだけの祈りであること、黙して神の声を聞くことの大切さを旧約のノアと新約のマリアの夫ヨセフを取り上げられ、彼らは一言も発せず全て神の御心どおりに行なった人々で、私たちがしなければならないのは「黙って神に聞き従う」こと。もし、他の人々と語ったならば神の声が聞こえず、人間の声に惑わされていた可能性があったと言われました。

ただ、ひたすらに神に祈る人々を神は祝福されます。これからも祈り続けましょう。
と、お話をしめられました。

(ブログ制作チーム: shoko)
2009.09.25 00:00 | 特別礼拝 / 集会
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