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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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最近、お友達から感謝バトンと言うものを頂きました。1日に3個の感謝をするというシンプルなものです。

私がバトンを頂いた週は受難週と言うこともあり、「これはイエスさまの受難を思いながら、感謝するのに良いことだ!」と、私の単純な発想で始めたものでしたが、面白い事に、感謝をするという作業は、自分の日常の中から感謝を探す事なんですね。私は、この感謝を探す作業を、実は 神様を探す作業だという事を少しずつ理解していきました。

感謝をし出すと溢れ出て止まらず、1日に一回では足らず、二回する恵みを頂き、自分の中でリバイバルが起こっている感覚をおぼえました。感謝をする事により、自分も満たされ、その文を読む方にも聖霊さまが働いてくださるとても良いお働きだなと感じました。

感謝のバトンを行ったのは一週間くらいでしたが、その中でも、感謝の事柄を思うのは、だんだん困難になってきました。それは、霊的戦いでした。感謝はやはり神様と繋がっていないとできない事に気づいたのです。自分の頭での理解ではなく、理性でもなく、神様が私に求めているものは、神様に目を向ける事だと。過去の経験でも、聖書の知識でも、常識でもないのです。

聖書では、私達人間は、羊飼いなしでは生きられない羊にたとえられています。羊飼いは、羊が違う道へ行こうとする時には、自ら羊の足を折って、看病し、正しい道へと導きます。それは、羊飼いは羊の事を一番に考え、何が良いか知っているからです。

私達の羊飼いであるイエスさまがなさる事はもちろん全てが良い事です。そこまでの神への信頼が、私はあったでしょうか?

クリスチャンの本来の姿は、感謝のできないものにも感謝ができる事です。感謝バトンの初日と最終日では、それが改めてわかる、聖化の歩みだと実感し、聖化の重さを再度感じさせていただきました。感謝のバトンは、神様からのバトンだったのです。

「わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」ヨハネ10:9-10

(LVJCCブログ制作チーム: Sao)

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2015.04.15 23:10 | 証し
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