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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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数年前のブログで掲載した祈りの人ジョージ・ミュラーをご紹介させて頂きます。ミュラーの自身の証にもありますように、祈り(神様に頼る)事だけで、孤児院の運営をされました。そのことからもどれほどミュラーが祈りの力を信じていたかわかりますが、ミュラーは祈りの前に必ずある事をしていました。それは、「「神の子たちが毎日しなければならない第一の事は、内なる人のために糧を得に行くことです。」と明言されています。

ジョージミュラーという名前を聞けば ‘5万回の祈りの回答’‘イギリス孤児の父’という言葉を思い浮かべます。ミュラーは不遇だった幼い時代を乗り越え、信仰の道に入り、25歳の時には瀕死の重病から救われ、44歳の時に最初の孤児院を設立し、生涯の中で祈りだけで孤児院を5つ建てるという偉業をなし遂げました。

ミュラーが最初の孤児院を設立した3年前に、イギリス・ブリストルでギデオン・チャペルの牧師となりました。ミュラーは、その地で孤児たちが収容されていた救貧院の実情を目撃して孤児院を設立するようになったのです。ある日、物乞いの5歳の女の子が弟を背負っている姿を見ました。女の子はイギリスを襲ったコレラで母親を亡くしていました。父親は鉱山から帰ってきていません。ミュラーは泥にまみれた通りに立っていた女の子からイギリスの孤児の現状を知らされる思いでした。しかし、孤児院を建てると言うあまりにも大きな神様のご計画の前に、前進できずにいたミューラーでしたが、この祈りをもってミュラーは信仰の応答をしています。

「神様、私が孤児院をしたいのは偶然な事ではなく、神様が親しく私の心に与えた願いであることを信じます。私はただあなたの種として働くだけです。」

ミュラーの態度に感銘受けた人々は、孤児院運営財源を用意するためにバザーを開いて募金運動をしようと提案しました。しかし、ミュラーはこれを断わりました。ミュラーははじめから最後まで、支援してくれる人々の送金と献品で孤児院を運営するということが彼の祈りだったからです。

孤児院が立てられた後、難しいことはずっとありました。最後の残った小麦粉でパンを作って夕方の食卓を整えながら、次の日の朝のために祈らなければならない日々が繰り返されましたが、ミュラーは絶え間ない祈りによって、孤児院に必要なすべてのものを切に求めました。ミュラーがが祈った物品と食べ物は、いつも間違いなく供給されたので、時には神を信じていない人々までも彼の孤児院を助ける事を進んでされました。

ミューラーの祈りとはどのようなもだったのでしょうか?ミュラーは次のように言いました。

「毎朝早くわたしは新約聖書を黙想し始めました。わたしが数句の言葉で、主の尊い御言葉における主の祝福を求めて祈った後、わたしが最初に行なうことは、神の言葉を黙想することでした。聖書の各節を尋ね求め、その中から祝福を得ました。それは、公衆の面前でメッセージをするためではなく、またわたしが黙想した言葉について語るためでもありません。それはわたし自身の魂に糧を得させるためです。その結果起こることとして、数分後にわたしは罪を告白したり、感謝したり、あるいはとりなしの祈りをしたり、懇願するようになります」

「罪を告白したり、とりなしの祈りをしたり、懇願したり、感謝したりする時間を経て、わたしは再び次の句、あるいは次の節を読みます。読んでから、もし導きがあれば、わたし自身のために、あるいは他の人のために祈ります。しかしながら、相変わらずわたしの黙想の目的は、自分の魂が糧を得るためであることを覚えておきます。そのようにした結果、わたしの内なる人は常に養いと力を感じることができます。朝食の時には、ほとんど例外なく、わたしの心の状態は、喜びがあるか、少なくとも平安がありました」

「神の子たちが毎日しなければならない第一の事は、内なる人のために糧を得に行くことです。わたしたちの外なる人が食べずに働くことができないのと同様に、毎朝わたしたちの内なる人も糧が必要です。だれでも内なる人に食べさせるべきであることを認めなければなりません。それでは、内なる人の糧とは何でしょうか? 祈ることではなく、神の言葉です。これはただ単に神の言葉を読んで、水が水道管を流れるように、その言葉がわたしたちの思いを通過するだけのようであってはいけません。読んだ言葉を黙想し、それをわたしたちの心の中に適用しなければなりません。ですから、わたしたちは神の祝福の中で黙想すべきです。たとえわたしたちが霊的な面でずっと弱くてもです。わたしたちは弱ければ弱いほど、黙想によって内なる人を増強させる必要があります。神の祝福によって、この方法を通して、神から来る力と助けを得れば、どんなに深い試練をも平安のうちに経過できるでしょう」。

「朝早く魂が養いと喜びを得る人と、霊的な準備なしに日中働き、試練、誘惑に出遭う人とでは、何という相違があることでしょう!」

ミュラーはこのようにして孤児院を運営した 65年間の瞬間瞬間、奇跡的な神様の供給を体験しました。彼は、神様は求める者に一番善良なことをしてくださるという事実を疑うことなく信じ、その信頼は常に事実に証明されました。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2015.03.23 13:18 | お知らせ
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