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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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日本最初の女子留学生であり、津田塾大学の創立者である津田梅子は、日本における女性の地位向上に大きく貢献しました。梅子の留学は、政府による北海道開拓のためでした。10年間アメリカで教養をつけ、アメリカ人女性の生き方を学んだ優秀な女性に、ゆくゆくは北海道開拓者たちのよき妻や母になってほしいという狙いだったようです。福沢諭吉とともに渡米した経験がある梅子の父・津田仙は、計画を聞いて「ぜひとも娘を」と梅子に留学をすすめました。

1871年、6歳の梅子は同じ志の女子留学生4人と、岩倉使節団に随行して渡米。船上で梅子が話せた英語は、イエス、ノー、サンキューの3つだけでした。ワシントンで梅子たちを迎えたアメリカ駐在公使の森有礼は、「こんな小さい子が来てどうするんだ」と思ったそうです。

梅子は日本弁務官書記をつとめる、子どものいないチャールズ・ランマン夫妻のもとへ預けられました。夫婦は普通、親が子供に与えうるあらゆるものを梅子に与え、長きに渡って見守り、成長の芽を大きく育みました。ランマン夫婦が梅子を預かるようになって1年が過ぎた頃、夫婦にとってとても感動的なことがありました。梅子が洗礼を受けたいと申し出たことでした。夫婦が勧めたわけでもでもないく、本人の意思によるものであったため、ランマン夫婦の喜びもひとしおでした。アメリカでの生活に慣れるにつれ、賢かった梅子は幼いながらに「アメリカの発展の秘密は、女性と男性の地位のあり方が鍵」と悟ったようです。同様に発展の鍵と感じたのが、キリスト教でした。梅子はランマン夫人や周囲の女性を見ながら、アメリカの女性は聖書からよい物を学んでいることを発見し、信心深かった梅子は「この国の本当の素晴らしさは、同じクリスチャンにならないとわからない」と、7歳のときに洗礼を受けます。

最初は言葉も通じず、現地の子どもにからかわれたりもしましたが、勉強熱心な梅子はすぐに英語を覚え、ピアノ、ラテン語、フランス語、生物学、心理学、芸術などを学びます。10年の留学期間を1年延長し、とても優秀な成績を修めました。

すっかり日本語を忘れて18歳で帰国した梅子ですが、なんと北海道開拓計画は白紙化。しかし梅子は、「11年間も公費で留学させていただいた身として、国に恩返しをしたい」と、日本全体の発展に寄与することを決意します。やがて伊藤博文の紹介で華族女学校に英語の教授補として勤めますが、授業の中心は琴などの花嫁修行。梅子の理想とする女子教育とは違うものでした。

20代半ば、梅子はもう一度アメリカに留学。ブリンマー女子大学で生物学を専攻し、助手として蛙の卵細胞の研究に携わります。このときの教授モーガン氏は後にノーベル生理学医学賞を受賞しますが、「ウメコがいなければこの研究は進まなかった」と語ったほど、梅子は研究者としても優秀でした。

留学中、梅子はヘレン・ケラーと会う機会に恵まれ、さらに訪れたイギリスでナイチンゲールと面会します。ハンディキャップを背負っても努力で人生を開いたヘレン、そして男尊女卑の時代に自分の道を開いたナイチンゲールとの出会いは梅子に勇気を与え、「日本の女性が自助努力して自らの力を高めるような教育がしたい」と思いを新たにします

帰国後の1900年、梅子35歳の時に日本で初めて女性に本格的な教育を施す女子英学塾が開校しました。この学校が現在の津田塾の前進になっています。一軒家の小さな校舎に生徒はわずか10名と小規模でしたが、それでも運営費などに苦労する梅子の元に、捨松ら留学仲間、そしてアメリカで知り合った親友アリス・ベーコンたちが集い、無給で講師をつとめてくれました。英語だけでなく漢文、歴史、倫理、教育、家政などを教える“全人教育”は評判を呼び、生徒数は年々増加。

梅子は日本女性の地位・生活向上の為に、自分自身の生涯を捧げました。それは梅子の献身でした。そして、その撒かれた種が、実を豊かに結んだことを、現代の私たちは見ることができます。
「高い志と熱意を持ち、少数だけでなく、より多くの人々との共感を持てれば、どんなに弱い者でも事を成し遂げることができるでしょう。」津田梅子

(LVJCCブログ制作チーム: Kao)

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2015.02.09 16:28 | 信仰者シリーズ
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