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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日はノートルダム清心学園理事長・渡辺和子先生の講和「真の優しさ」をお送りします。

弱肉強食と同じ意味で、勝ち組・負け組みという言葉が日本では使われます。確かに生きる力は必要ですが、それ以上に「善く生きる」力、人間として人間らしく生きる思いやりや優しさが必要です。生きる資格としての優しさとはどういうものか、それは決して柔弱さやひ弱さではなく、自分自身と戦っている強さに裏付けられているのだと思います。

20世紀の社会心理学者エーリッヒ・フロムが『愛するということ』という著者のなかで、「もともと愛や優しさというものは、特定の人にのみ向けられるものではなく、もし人が一人のひとにだけ優しく、他の人々に冷淡であるとすれば、それは本当の優しさではなく、エゴイズムだ」と書いています。

本当の優しさとはある特定の人に対しての優しさではなく、全世界とのかかわりにおいて、優しくなければいけないと思います。マザーテレサが「愛の反対は憎しみではありません。愛の反対は無関心です」とおっしゃっていました。憎しみは愛の反対語であり、憎い人は「可愛さあまって憎さ百倍」と言うように、気になるものです。ところが無関心というのは、そこに愛のかけらもない、存在すら認めようとしない、かかわり合いを一切もとうとしない、そういう人の姿で、この無関心が日本に蔓延している今、私たちは全世界としてのかかわりとしての優しさを育てていかねばいけないと思っています。

「優しい」という字は「にんべん」に「うれい」と書きます。それは「憂い」の傍らに佇んでいる「人」の姿をそのまま表した字です。私自身が憂い=心配事を持っていた時に、その憂いと共に生きました。そして少し優しくなったと思います。他人様に対しても羽振りの良いときは側にいるが、落ち目になったとき離れ去っていく人は、その方の憂いの傍らに佇む優しい人ではありません。

遠藤周作さんの『聖書の中の女性達』という著者の中に白血病のために11歳で亡くなったマチルダという少女の詩が載せられています。「私の喉が痛いとき、あの子の喉も痛み、私が夜咳をするとき、あの子も目を覚まして咳をしている。私がママに叱られて泣くとき、あの子も私と一緒に泣いている。夕日に映る私の影法師のように、あの子は私といつも一緒だ」マチルダにとってこの何度も出てくるあの子とは、イエス・キリストでした。苦しむ人とともに苦しみ、泣く人とともに泣く、喉の痛みを奇跡的に治すでも、咳を止めるでもない。ママが叱るのをやめさせることもない。いつも私たちと共にいてくださる。インマヌエルとしてのイエス様のお姿が11歳のマチルダの詩によく表れています。

イエス様ご自身がご自分の言葉で「医者を必要とするのは丈夫な人ではなく、病人である。わたしが来たのは正しい人を招くのではなく、罪人を招くためである」と言っています。よく「自分は罪深いから洗礼を受ける資格がない」とおっしゃる方がいますが「罪人だからこそイエス様のみもとに近づく権利があるのです。私もそうでした」と言いたいです。

「足跡ーフットプリンツ」という詩があります。ある夜、一人のひとが夢をみました。自分の生涯が映し出せれており、そこにはいつも二組の足跡がついていました。一組は自分の足跡、もう一組は主イエス様の足跡でした。ところが、ところどころは足跡が一組しかない場所があります。実は自分が一番苦しみ、辛い思いをしていた時期でした。この人は主に話しかけます。「主よ、私があなたに従う決心をしたとき、あなたは私におっしゃいました。『私は決してあなたのそばを離れない。いつもあなたと一緒にいる』なのになぜ、私があなたを一番必要としているときに限って、私からお離れになったのですか」すると主がお答えになります「愛する私の大切な子よ、一組しか足跡がなかったとき、私はあなたを肩に背負っていたんだよ。決してあなたを見捨てることはなかった」

この詩に表れていますように、実は私たちが悩んでいるとき、悲しんでいるとき、一人ぼっちではないかと思うときに、主は一番近くにいてくださる。私たちを背負っていてくださる。

かくて真の優しさというのは、一人の人に対しての優しさではなく、全世界とのかかわりとしての優しさであり、見捨てられた人を決して見捨てないともにいる優しさだと思います。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2015.01.19 15:12 | 信仰者シリーズ
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