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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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ここ最近、私は体調を崩しており、長い間ベッド安静をしていたわけなのですが、当然その間も水曜日礼拝サービスは、欠席をしていました。もちろんその間、体を休めるには良き休息となったわけですが、それには、それ相応の短所もだんだん芽を出してきました。

それは、私自身と子供達の礼拝に対する興味の薄れでした。私の子供達は礼拝に行くとなれば喜び、行かないとなれば落胆しますが、慣れというのは怖いものです。最初は正当な理由があったとしても、だんだんと 行かない事が普通になってきてしまいました。

先日、ふと、「君はどちらを選ぶかい?」と神様が仰っておられているような気がしました。以前にも、週半ばの集いに行くことの大切さの気づきをいただきましたが、今回はその先に待っている未来のことへの気づきをも与えてくださいました。

今回は、”母の私の選んでいる選択を見て育つ子供達の目”に対して、目が開かれました。親の選択次第で、子供たちには、親が思ってるいる以上の影響があるのです。子供たちは、この世でクリスチャンとして生きる上で自分の立ち位置を見つけますが、その中でクリスチャンとしての基本姿勢が養われます。その中で親が示すことが、彼らの中の「神様を選ぶことは大切なこと」という心が育つか、「理由があったら神様を選ばなくても良いのだ」という心が育つのかに繋がる事にもなるのです。

これは、私も娘が年頃になるまで気づきませんでしたが、もし、後者の方を親が示してしまうと、子供が大きくなり、自分で選択をし始めた時に、選ぶ選択がイエス様ではなく、他のものになってしまう可能性が高くなってきてしまいます。ただでさえ、難しい年頃には、この世でイエス様の道を選ぶといくことは難しい選択なのですから。

信仰は生き物であり、昨日の信仰は役には立ちません。その信仰の養い、即ち イエス様の十字架を通しての大きな愛への気づきが与えられる場所が、礼拝、祈祷会、SGでの御言葉の学びなのだと思います。 恵まれる度に更なるキリストへの渇きを覚え、御言葉のシャワーを浴びることを欲するのです。

その場所を失ってしまうと、知識だよりの信仰となってしまい恐れがあり、つまづく原因を作ってしまいかねないのです。

神は私に、何をするよりも先に、まず神様を選べ!とおっしゃいました。
そうです。ぶどうの木にしがみ付くのです!そして、その先には、私の罪の為に十字架で死なれたイエス様の大きな愛を知る毎に、自分の罪を示され、許しの経験をする。その度重なる経験が私の信仰の原動力となるのだということを教えられました。

私達親子にとって、礼拝の後に分かち合う時間は、何よりもかけがえのない幸せな時間です。

以前までは、聖書の学びや祈祷会など、私一人、恵みの時を頂いていましたが、やはり家族全体の事を考え、少しでも子供達が霊的養いをし、安心してイエス様に仕えていきたいと思うような環境作りに励むのも私の役目だと考えています。

「君はどちらを選ぶかい?」
この答えは、親だけでなく、親子共々、家族揃って、神様の方向に向かって歩むものでありたいと思わされました。この気づきを主に感謝いたします。

「わたしが、きょう、命じるこのすべての命令を、あなたがたは守って行わなければならない。そうすればあなたがたは生きることができ、かつふえ増し、主があなたがたの先祖に誓われた地にはいって、それを自分のものとすることができるであろう。 あなたの神、主がこの四十年の間、荒野であなたを導かれたそのすべての道を覚えなければならない。それはあなたを苦しめて、あなたを試み、あなたの心のうちを知り、あなたがその命令を守るか、どうかを知るためであった。 それで主はあなたを苦しめ、あなたを飢えさせ、あなたも知らず、あなたの先祖たちも知らなかったマナをもって、あなたを養われた。人はパンだけでは生きず、人は主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに知らせるためであった。 」申命記8:1-3


ブログ作成チーム:Sao

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2014.11.05 22:38 | 証し
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