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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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三浦光世氏が10月30日に天に凱旋されました。お写真や言葉を通しても、温かなお人柄がうかがえる信仰者であられました。光世氏がキリストの香り、キリストの手紙となって、多くの方にイエス・キリストの福音を伝え、地上での働きを終えエス様の所に行かれたのだと思います。今日は光世氏の信仰のお証をいくつかご紹介させていただきます。

「愛は人の徳を高める」というテーマで三浦氏が自分の人生において忘れることができない一人の男性について証しくをされました。

三浦氏は幼い頃、病状の父のもとに生まれ故郷の東京を離れ、北海道の祖父のもとで育った。そこで熊谷猛也(くまがいたけや)という上司に見出され、国家公務員への道が拓けたという。また、熊谷さんは、分け隔てなく全ての人に優しく親切に接する素晴らしい人格者だったと話す三浦氏。

「私が17歳の時、腎臓結核を患った際、何も言わずお金を貸してくれたのです」病が完治した三浦氏は、借りたお金を返すために熊谷さんの自宅を訪れたものの、熊谷さんはお金を全く受け取ろうとしなかった。それに困り果てている三浦氏を見て、熊谷さんは借りたお金の半分だけを受け取り、残りの半分は棒引きにしてくれた。三浦氏はその感激が今でも忘れられないという。

「いつも様々な場面で多くの方からいただく「恩」のひとつひとつに感謝する度に「愛は人の徳を高める」という御言葉を私は真理として感じざる得ません」と語った。


1964年に朝日新聞社の1000万円の懸賞小説に「氷点」が一位入選したとき、綾子さんが一つだけ欲しいものがあると、光世さんに頼んだものはテレビでした。

ところが,光世さんはそのテレビを買うことを許しませんでした。そればかりか、このお金は、自分たちのために使うのはやめよう。今まで自分たちを支え励ましてくれた人たちのために使おうと提案したそうです。そしたら、綾子さんは、
「はい。わかりました。」と素直におっしゃったそうです。だから、「氷点」がテレビドラマ化されても、家にテレビがないので、実家に帰って見ていたそうです。

三浦綾子さんの作品に自分がどのようにかかわってきたかを話された。内容は、終始、謙虚で、しかも正直であった。「私が書いてほしいと頼んだ小説は、ふたつ。十勝岳の大爆発で何の罪もない村人が火山流のために多数亡くなった事件、そして警察で拷問死した共産主義者の小林多喜二。最初は、妻もなかなか承知してくれませんでした。そして、もうひとつは、朝日新聞の懸賞小説で特選に選ばれた"氷点"のなかに、洞爺丸が台風のために転覆したとき、二人の西欧人宣教師が、自分の命を犠牲にして、自分の持っていた浮き輪を譲ったことを入れることでした」。光世さんは、綾子さんの作品においても、愛情深い助言者であったのだ。

「光世さんの存在、これはただごとではありません。綾子さんの存在は、光世さんの存在なしにはあり得ないだろうと言うことができます。おたがい同士が尊敬しあっている夫婦というかたち、それはバイブルから学んだと言います。そこには、おたがい同士を人格として認めあうという基本的な考えがあります。そして、たがいに祈りあうというか、敬虔な生き方をしあっている。あの夫婦愛は、他人には真似ることのできない、しっかりとした考えに裏付けられたものだと思います」と。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.11.03 12:59 | お知らせ
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