LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

S__1228807.jpg

教会ブログ(祈りの世界)で以前紹介したようにクリスチャンにとって祈りは、霊の呼吸と言われるくらい大事なものです。

ある牧師先生のメッセージの中で、自分は、昔、礼拝を邪魔する子供だったのですが。。。という、話をされました。お話によると、「そんな自分の為に、教会の人達は、(自分に)祝福がありますようにと祈ってくれたおかげで今の僕(牧師先生)がいます。子供が成長し、神様に仕える使徒となることは、個人の喜びを超え、教会の喜びとなるのです。ですので、皆さん、子供達の為に祈ってください!」という事を仰られたことがとても印象に残りました。

親として子育てをするにあたり、私の生活の中にも、子供が思う通りに動いてくれなく、子供達と一緒だと難しい場面や学校で起こった(親がいない時に起こった)問題など、色々な困難は存在しますが、その中で祈りを通して現れる神様の導きはとても鮮やかです。親の不完全さ、子の不完全さ、そして周りの不完全さは、神様の完全さを引き立たせるように造られており、だからこそ私達は祈りや聖書を通して、神様に尋ね求めることが必要不可欠となってくるのです。

聖書にも書いてあるように、罪人である私達は、残念ながら出来て当たり前ではなく、間違いを起こすことが必然なのです。そうすると、やはり神様に質問する(祈り)回数は自然と増えてきます。授業中でも質問する子は意欲的であり、理解も成績も伸びるような積極的な姿勢を見せます。それは祈りでも一緒だと思います。

『祈り』と一言にいっても自分一人で続けられるほど、簡単なものではないと思います。信頼できる教会の兄弟姉妹と祈り合う時は必要不可欠であり、また自分の知らないところで多くの祈りが積まれ、支えられていた為に、続けられた祈りという場合もあるはずです。それを考えると、祈りほど絆を強くするもの、神様の愛が現れるものはないと思うのです。

教会の子供達は、教会の未来です。小さな子供達もずっと小さいままではありません。小さかったあの子が、福音を伝えるために宣教地に迎い伝導しているのは、あなたの祈りがあったからかもしれません。

愛で繋がる教会の喜び、素敵な響きですよね。求める限り、最善を与えてくださる主に感謝です。

「その家にはいったなら、平安を祈ってあげなさい。もし平安を受けるにふさわしい家であれば、あなたがたの祈る平安はその家に来るであろう。もしふさわしくなければ、その平安はあなたがたに帰って来るであろう」(マタイ福音書10:12ー13)。

(LVCCブログ制作チーム:Sao)

ブログランキングに参加しています。クリックで応援をお願いいたします。
2014.08.20 13:21 | 証し
| ホーム |

FC2Ad

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.