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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は作家・三浦綾子さんのご主人・三浦光世さんが、お二人の出会いについて語っておられるエピソードをご紹介いたします。

二人の出会いは、脊椎カリエスで入院している綾さん子を見舞ったところからはじまりました。結核入院患者の中で俳句の会をしている方があり、その中に綾子さんもいて、また励ます形で参加していた光世さんもいたのです。光世さんの名前から女性と勘違いした俳句仲間が、入院している綾子さんを見舞ってほしいと依頼をし、見舞ったのが二人の出会いでした。その時、綾子さんは寝たきりでしたが、大きな目が印象的だったと語っています。出会いの時に、まさか結婚に至るとは思っていないお二人でした。光世さんは出会いの日に綾子さんから二つのお願いを受けました。一つは好きな御言葉を読んでほしいと言う事で、ヨハネの福音書14:1から読みました。『「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。 わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。 そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。』もう一つのお願いは賛美歌を歌ってほしいと言う事で、「主よ御元に」を賛美しました。

御言葉と言い、讃美歌と言い、(葬式によく使うのものでしたから)もうお帰りくださいと、言われても仕方ないような内容でしたが、綾子さんはそのようには取らなかったようです。でも後に「光世さんって変わった人だなと思ったのよ」と言われたそうです。

その後、1ヶ月に1回ほど見舞いを続ける中で、お互いの気持ちが近づいていきました。とにかく、全能なる神が御力を持って堀田綾子さんを癒してくださいと、祈り続けました。ある日、ありありと綾子が亡くなる夢を見ました。その時に、床の上に起き上がり、正座をして、神の御足にしがみつく思いで、自分の命に代えてでも、どうしても綾子さんを癒してほしいと祈りました。その時に、御言葉が与えられました。その御言葉が、イエス様が弟子たちに言った「私を愛するか」という言葉でした。それは自分と綾子が一生愛し合っていくこと、結婚のことを示されていると思いました。しかし、そのように一生愛することができるのか、自分には自信がなかったです。しかし、その御言葉によって「一生愛する愛を与えてください」と、くどくどと祈るうちに平安が与えられました。1959年の結婚した年の元旦に綾子を見舞ったときに、綾子から「来年も来てくださるでしょうか?」と言われたので、私は「ええと、来年は・・・」とにごすと、「もう来年は来てくださらないのでしょうか?」と大変不安そうに言われたので、「来年は二人で一緒にご両親に元旦の挨拶に行きましょう」とプロポーズしました。その年の5月24日に結婚式をし、二人の生活を始めました。その後の結婚生活で綾子は「はい、わかりました。」「はい、わかりました」といつも言ってくれました。

三浦光世さんという伴侶が与えられ、綾子さんの執筆活動が華をひらき、支えられていたと言えるようです。お二人の関係の中には、それぞれが担った役割に対して、仕え合った姿が見られます。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.08.18 10:07 | 信仰者シリーズ
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