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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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ジャン・フランソア・ミレーは『晩鐘』や『落穂ひろい』などの名画で、古くから日本人に親しまれているフランスの画家です。皆様もミレーの絵は一度は目にされていると思います。特に「落穂拾い」は美術の教科書にも載っているくらい有名な絵です。農業国としての歴史がある日本でとても人気があります。

ミレーは、1814年、フランスノルマンディ地方に生まれました。家は、貧しい農家でした。しかし、畑仕事をしながら教会の合唱団の指揮者を務める父や、神を深く信仰する祖母などに囲まれて、ミレーは、素朴な田園と働く農民たちを愛する人間に育っていきました。

子どものころから絵の才能に恵まれ、18歳のとき画家のもとへ弟子入りしました。そして、23歳になると、近くの市から奨学金をもらってパリへ出ました。ところが、華やかな都会の生活は、どうしても好きになれませんでした。そのうえ、心を打ち込める絵もかけず、結婚してからは、自分の意にそぐわない仕事をして、その日の生活を続けるより仕方がありませんでした。

その後、パリ近郊の、バルビゾンという静かな村に移り住んだミレーは、農村の人びとの生活を描きはじめました。しかし、フランス中に明るい美術の花が咲きはじめていた時代に、神への祈りを込めたミレーの暗い絵は、展覧会には入選しても、買ってくれる人はほとんどありませんでした。貧しさのうえに、ときにはすっかり自信を失ってしまい、自殺を考えたこともありました。でも、心の強い妻や、思いやりのある友だちにはげまされながら野や畑にでて絵をかきつづけ、やがて『種まく人』や『木をつぐ男』などの作品を、つぎつぎに発表していきました。

また「落穂拾い」が描かれたのは、1857年(43歳頃)です。しかし、拾っている人たちは、畑の持ち主でも、雇われ農民でもありません。日々の生活にも苦しい貧困層の人たちなのです。ミレーは信仰者として、旧約聖書の下記の申命記を元に「落穂拾い」を描いたと言われています。

「畑で穀物を刈り入れるとき、ひと束畑に忘れても取りに戻ってはならない。それは、寄留者、孤児、寡婦、のものとしなさい。(中略)あなたはエジプトで奴隷であったことを思い起こしなさい。わたしはそれゆえ、あなたにこのことを行うよう命じるのである。」

このように「落穂拾い」は、ただ単に収穫期の1場面ではなく、ミレーが込めた農民や貧しい人々に対する思いと、イエス・キリストにある慈悲、それらと対象的に地平線と豊かな収穫を照らす陽の光など複雑で深い意味が重なり合っていると言われています。

ミレーは農民画家として名声が上がり、生活もやっと楽になったときには、身体はすっかり結核におかされ、苦しかった生涯を60歳でとじてしまいました。農民たちの心を深くみつめた名画の数々は、ミレーの死後、世界の人びとにますます愛されるようになり、フランスのルーブル美術館 (現在はオルセー美術館) に飾られた『晩鐘』の前には、この名画をたたえる人が、いつもたえることがありません。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.07.14 13:54 | 信仰者シリーズ
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