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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、”悲しむ者は幸いである”ということを考えてみました。 


イエス・キリストは、「山上の説教」で、「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから」と言われました。

この「悲しむ」という言葉は、原語では普通の悲しみではなく、「悲しみに暮れる」という、強い悲しみを表す言葉が使われています。それに対して、この「幸いである」という言葉も、ちょっとやそっとの幸いではなく、メチャクチャに幸せである、という意味です。

では、どうして悲しみに暮れている人が、そんなにメチャクチャに幸いなのでしょう? だれが考えても、そういう人は不幸であるはずです。だれも悲しみに暮れることを幸いだと感じる人などいないはずです。

ある人は、これはパラドックスだと言います。つまり、逆説です。一見、反対のことを言っているようで、実は、そうすることによって、より強調される真理があるのだと。人生において直面する悲しみは、できれば避けて通りたいけれども、悲しみを通らなければ判らない慰め、苦しまなければ知れない喜びがある。だから、人生の悲しみは、逆説的に言えば、真の幸せへの道なのだ。そこに悲しむ者の幸いの根拠がある、ということでしょうか?

しかし、その考えは、イエス様の生涯を見るときに否定されてしまいます。イエス様は病気の人々を憐れみ、癒されました。また、目の前で悲しんでいる人々と共に悲しみを共有し、共に涙を流されました。「今は悲しいかも知れないが、必ず慰めてあげるから、悲しみを幸いだと思いなさい」などとは言われませんでした。

したがって、イエス様がここで言っておられる「悲しみ」とは、人生において直面する、そういう悲しみのことではないのです。旧約聖書のイザヤ書61章1-3節に、こういう御言葉があります。

61:1 主なる神の霊がわたしに臨んだ。
これは主がわたしに油を注いで、
貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、
わたしをつかわして心のいためる者をいやし、
捕われ人に放免を告げ、
縛られている者に解放を告げ、
61:2 主の恵みの年と
われわれの神の報復の日とを告げさせ、
また、すべての悲しむ者を慰め、
61:3 シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、
灰にかえて冠を与え、
悲しみにかえて喜びの油を与え、
憂いの心にかえて、
さんびの衣を与えさせるためである。
こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、
主がその栄光をあらわすために
植えられた者ととなえられる。

この「悲しむ者は幸いである」という言葉は、このイザヤ書61章の言葉をもとに解釈すべきなのです。

では、なぜ悲しむ者が幸いなのか。それは、3節にあるように、シオンの中の悲しむ者に喜びが与えられるからなのです。その「シオンの中の悲しむ者」の悲しみとは、人生の苦しみ悲しみのことではなく、罪に悲しむ悲しみのことです。エルサレムの罪。その結果、神の裁きを受けねばならなくなった、そのことを悲しむ悲しみなのです。

詩篇の記者は、「私の目から涙が川のように流れます。彼らがあなたのみおしえを守らないからです」(詩篇119:136)と言いました。

「悲しむ者は幸いである」という、この悲しみとは、そのように罪を悲しむ悲しみのことです。心貧しく、神様の前にへりくだる者にこそ見えてくる、自分の罪深さ、そして、その罪を悲しむ、そういう悲しみのことを言っているのです。

罪を悲しむ悲しみは、悲しみでは終わりません。その悲しみを知る者こそ、主の赦しの深さ、慰めの深さを知るのです。「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから」とはそういうことを言っているのです。自分の罪に悲しむ者に与えられる主の赦し、慰め、平安を知る。そして、自分だけでなく、人々の罪に悲しみ、執り成す魂に与えられる、主の慰め、癒し、平安を知る。それこそ、本当の幸いなのです。


今日の一言: 悲しむ者は幸いである。 


平安
鶴田健次


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2014.07.04 00:12 | 鶴田健次牧師より
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