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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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世界にある赤十字社とその働きの精神とは、主イエスが人々を救うために十字架にその身をかけて死なれた、尊い愛にならうものでしあると言われています。それと共に思い浮かべるのは、ナイチンゲールです。彼女の働きの感化なくして、赤十字の働きは起らなかったかもしれません。

今から約160年前の1820年5月15日、イタリアの花の都とたたえられたフィレンツェで彼女は誕生しました。父は英国の貴族で財力にも教養にも富んだ人でした。それで生活を楽しむために、この都に逗留中に生まれた子なのでフローレンスと名づけたのでした。彼女は幼少の頃より心の優しい性質で、犬や猫などの動物をよく可愛がったので、動物たちは足音を聞いただけで、彼女の足元に飛んできたということです。あるとき、いたずらっ子に足の骨を折られて死にかけていた犬を見て「見離してしまうのは可愛そうよ。私が看病をしてなおしてあげましょう。」と言って、傷口を洗ってやり、自分の衣服を引き裂いて包帯をしてあげました。それから毎日、手当てのために出かけて行き、そのかいあってとうとう犬は元気になりました。また彼女は、近所に子猫が生まれたと聞けば見舞いに行き、散歩のときは胡桃を持って出てリスに食べさせました。近所に病気の人がいると聞いたりすると、まっ先にお見舞いに出かけるのでした。このように幼少の頃から弱いものをかえりみる心が、彼女の天使とも呼ばれる尊い働きへと導いたのです。

彼女は17歳になったとき、「世の人々のために奉仕をしなさい」との神のみ声を聞きました。そこで、自分はどのような形で奉仕をしたらよいのか、その一事を考え祈り求める毎日が続きました。そして当時すでに、監獄改良や貧民学校の働きをして有名だった、あのエリザベス・フライ女史や、盲唖学校を起こして活躍中のサミュエル・ハウ氏に会って、色々と教えや助言を受けました。しかし、彼女の心に最も強く迫ってきたのは病人の姿でした。当時はまだ看護師という職業はなく、病院の治療はとても手荒でおそまつなものだったのです。こうして、病人を看護する道こそ自分に与えられた天来の使命があると信じるに至りました。1851年には、ドイツのカイザースウェールで、初めて実際に看護の経験をすることができました。さらに2年後、今度はその経験を見込まれて、ロンドンのハレー街にある婦人救療院を建てなおす仕事について、見事にこれを成功させました。

1854年3月、大国ロシアがトルコを占領するため戦争となりました。フランスとイギリスはトルコを支援したので、大戦争に発展しました。イギリスの兵士は負傷者も続出し、野戦病院は満員の状態でした。手当も受けれずに死にかけている者、苦しみ呻いている者など、この悲惨な様子がタイムズの特派員によって報道されると、フローレンスはじっとしておれなくなりました。そこで彼女は陸軍大臣に手紙を出し、「私が看護婦として出かけましょう」と申し出ました。実は陸軍大臣のシドニー・ハーバートも、これはフローレンスの他に適任者はいないと考えて、依頼の手紙を出したのでしたが、ちょうど行き違いになったのでした。そのため、これはやはり神のお導きであると確信に立ち、その年の10月21日、みずから看護婦長となり38人の看護婦を連れてクリミアに出発しました。

彼女はお嬢さん育ちで、その上体質も弱い方でしたが、負傷兵の苦しみを見てはじっとしておられず、朝早くから夜遅くまで働き続け、あるときなどは1日20時間以上も立ち続けていました。こうして1ヶ月間に、実に5千人以上の兵士たちを看護したのです。夜も十分眠れない中で、時には死にかけた兵士が一目彼女に会いたいと言いますので、夜中の2時、3時に起き出て、その遺言を聞いてあげたり、慰めの言葉をかけたりしました。このような心のこもった看護の姿に接して、兵士たちの間で誰ということもなく「クリミアの天使」といわれるようになりました。

2年ばかりで戦争は終わり、軍人たちは故国へ飛ぶように帰って行きます。イギリスでは敵味方の別なく救援看護を続けたナイチンゲールを、今や遅しと待ち続けました。そして彼女を大英雄を迎えるように、熱狂的な感謝を国民挙げてささげる手はずでした。そのしるしとして、当時のお金で4万5千ポンドという大金を寄贈しました。人々の賞賛を避け、そっと1人で帰国した彼女は、1860年7月、そのお金を基にして聖トマス病院にナイチンゲール看護学校を開設しました。近代看護というのは、実にこの時から始まったともいえるのです。彼女の働きは実際的な病人看護と共に保健衛生の向上や、病院管理といったことにまで及びました。

「たとい、私が人の異言や、御使いの言葉で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。第一コリント13:1、3)

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.04.27 19:20 | 信仰者シリーズ
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