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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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ブレーナードは1718年4月20日、アメリカのコネチカット州八ダムに生まれました。彼の両親は共に熱心なクリスチャンでした。兄弟は5人いましたが、そのうちの1人は知事になり、他の4人はみな伝道者となりました。

彼は8歳ぐらいで、すでに神への信仰にめざめ、年に2回も聖書全巻を読み通すぐらい、熱心に聖書を読みました。そして、15歳より20歳ぐらいの間は、自分の内にある罪について、また不信仰を示され苦しみました。21歳の夏の事です。ある日曜日の夕暮れに、近くの森を散策していたとき、神の栄光を拝して彼の心は言い知れぬ喜びに満ち溢れ、今までとは全く別人ではないかと思われるほどに変えられたのでした。

彼はその年の9月、エール大学に入学いたしました。そして次の年の6月、祈っているとき人々の魂を愛する心が燃え上がってきて、伝道者として主の召命に従う決心に導かれました。24歳頃より説教もするようになり、25歳のときアメリカ・インディアンの部落へ出かけて、伝道することになりました。ブレーナードの父は、彼の9歳の時に死に、母も14歳の時に死んでいませんでした。彼は自分に与えられていた遺産をみな主のために捧げ、1人の伝道者を神学校に入学させ、養成するために使いました。

アメリカ・インディアンたちは、まったく主の福音を知らない上に気性が荒く、どんなひどいことでも平然と行うのです。万一、捕らえられて拷問を受けても、泰然自若として大英雄のように、苦しみ耐えるといったぐあいです。こんなに荒々しい彼らが、とうてい主の愛を信じ、聖書の教えを受け入れてくれそうにありません。ブレーナードはまず、通訳者を雇い説教をしましたが、彼は未信者なので快く取次いでくれません。こうした困難の中で、どうすることもできず、ひたすら祈りに祈って福音を伝え歩きました。彼はもともと弱い体質でした。ことに肺をわずらっていましたので、度々血を吐きました。そんな状態でも伝道のために馬に乗り、道なき荒野や山を通らなければなりませんでした。しかし彼の心は、いかにしてもインディアンを十字架の救いに導きたい愛で燃え上がっていました。ときに雪のふる夜中に、その雪の上にひざまずいて血を吐きながら、汗だくになるまで祈りました。またあるときは、ものを言う気力さえもなく衰えていても、インディアンの間を行き巡り、イエス・キリストをのべ伝えました。

ブレーナードはこのような命がけの働きが、どうして実を結ばないことがありましょうか。第一番に救われたのは、あの通訳者夫婦でした。次に魔術師も救われました。そして岩よりも固いかと思われたインディアンの心も、ついに神の愛に溶かされ、彼の話に子供のように泣きながら聞き従うようになりました。

生まれ変わったインディアンたちが、神を賛美し互いに愛し合って喜びあう有様は、実に麗しく見えました。伝道を始めてからわずか4-5年の間にブレーナードの体は、弱り果て衰弱の極みに達してました。それなのに彼の魂は逆にますます恵みに満たされ、病床にいても賛美と感謝にあふれました。そして、多くの魂が救われ、神の栄光となるようにそのことのみを祈りつつ、そのまま安らかに天国に召されていきました。

ブレーナードの一生は、実に短いものでした。彼はそのときまだ29歳の若さでした。そのわずかな数年間の働きは、どんな伝道者にも劣らない尊いものです。私たちも、何もしないでつまらない一生を長く生きるより、たとい短くても、真実で豊かな信仰の実を結ぶ一生を過ごしたいものです。

「この地上で神のためにわずかではあるが、何かをすることができたと考えることは、私にとって大きな慰めです。ああ、それはほんとうに小さいことでしたが、その少しのことを私はしたのです。しかし、神のためにさらに多くのことをしなかった事を悔やんでいます。(ブレーナードの言葉より)」

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.04.13 21:51 | 信仰者シリーズ
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