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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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南太平洋に浮かぶ美しいハワイ諸島の中にモロカイ島があります。19世紀の半ば、アメリカ政府の政策で、当時不治の病として恐れられていた、らい病人を社会から隔離する為に、モロカイ島が使われていました。そこに送られた人々は、病苦、孤独、恐れの中で、死を迎えるような状態でした。しかし、神は彼らの親しい友として単身で島に渡り、神の愛を身をもってあらわし、彼らに仕える人・ダミアン神父を送りました。

ダミアン神父はベルギーのトレメルウーという小さな村に、1840年1月3日に誕生しました。本名はジョセフ・ド・ヴィスターといい、両親は貧しい暮らしをしていましたが、二人とも神を敬う信仰心のあつい人でした。ことに母親は子供達のために、命を捨てて主に仕えた殉教者の物語を読み聞かせるのが常でしたので、デミアン神父もいつしか信仰心が芽生えていきました。六人の兄弟のうち四人までが、伝道のために主に仕える人になりました。彼は幼少の時よりお祈りすることが好きで、七歳頃には一人で林の中に入って、そこで時の過ぎるのも忘れて祈っていたりするという風でした。そして、十五歳頃に自分でイエス様の救いにあずかったという確信を持ちました。

そうするうちにダミアン神父の心には、どこか遠くの国でまだ主を知らない人たちに、伝道したくてたまらない思いがあふれてきました。そこで将来の働きに備えて、1858年ルウベン大学に入学し、勉学に励みました。この時にハワイで伝道する決心をし、ピクバス会という伝道団に入学すると、新しくダミアンという名前をつけました。

1864年、ダミアン神父の二十四歳の年にハワイへ渡りました。ホノルルでカトリック会士として任命を受け、ただちにサンドイッチ諸島をはじめ、ハワイ島各地で熱心に伝道を開始しました。ダミアン師はいつも口で伝道する前に、自分の両手両足を使って現地人たちに仕え、いつでも親切の限りをつくしたため、どこへ行っても土地の人々から敬慕され、こうして九年が過ぎました。

そうしたある日、自分の教会に来ていた信者の数人がライ病のために政府の手で、強制的にモロカイ島へ送られることになりました。彼らは泣きながら挨拶すると別れて行きました。モロカイ島の悲惨な有様について、以前から耳にして心を痛めていたダミアン神父は、「この世から見捨てられ、ただ死を待つだけのあの人だちを一体誰が介抱するのか。家族から引き離され、誰が慰めてあけるのか。誰が主の愛を伝えてあげるのか・・・」

このような思いをめぐらしていると、「そうだ!自分がそこにいかないで誰が行くというのか。彼らの中に入って行って真の友となりえるのは自分なのだ。」こうして決心すると、アメリカ政府に願い出て許可を受けると、島の牧師としてモロカイ島に行くことにしました。

1873年5月11日、島に送られて行く五十人のライ病人と一緒の船でした。その頃、モロカイ島には六百人以上が、ただ自暴自棄の荒れ果てた生活をしていました。その中でただ一人ダミアン神父は、彼らのために住居を建て、手当てをし、食事を作り、洗濯をし、主の愛を説いて慰め、死んで行く者のために棺を作り墓に葬りました。十六年間に千六百人もの方のお葬式をしたとのことです。ダミアン神父の主の愛に満ちた働きを通して、ライ病人たちは悲しみの中にも天国への希望と喜びで、次第に変えられていきました。

ダミアン神父は人並み優れて美しい顔立ちでしたが、後には自分もライ病となりました。その時「ああ、私もとうとう同じ病気になれた。これでこそ本当に彼らの兄弟姉妹なのだ」と、悲しむどころか心から神に感謝をしたという事です。

こうして1888年3月ライ病者の使徒と呼ばれた彼は、ひたすら愛のわざを成し遂げて天に召されて行きました。生前、夜露をしのぐ家のように利用していた木の下に墓が作られました。ダミアン神父が「あの木の下に私を葬ってください」との遺言を残していた通りに、人々はそこに手厚く葬ったのでした。そして、ダミアン神父を知る人々がその後を継いで働きを進め、やがて島に病院も建てられ、愛と救護の奉仕が広がっていきました。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.02.01 23:17 | 信仰者シリーズ
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