LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

              2013 12 11 ab
先週の日曜に Palomar Japanese Baptist Churchを訪れ、私自身感じたことがあり、今回はそれをシェアさせていただこうと思います。

私は、最近日本やカリフォルニアのいくつかの教会を訪れる機会を頂きました。

ラスベガスに一つしかない日本人教会に比べ、日本やカリフォルニアにはなんと多くの日本人教会があることでしょう。大きい教会から小さな教会までたくさんの教会があり、地域により、宗派によりなんとも多くのチョイスがあることでしょうか。

その中、私が訪れたカリフォルニア・サンディエゴのPalomar Japanese Baptist教会は、ラスベガス日本人教会に比べ、規模も人数もそんなに大きくない教会でした。

教会には、毎週牧師先生が遠方から通われているそうで(先週の記事参照)、日曜日は礼拝が持たれていますが、週の半ばの水曜日祈祷会や早天祈祷会などは、行われていないそうです。

「霊の糧が確保できない状況の中で、霊的補充をするのは難しい」と教会に通う姉妹からも度々お話を伺っていましたが、集まれる方だけで聖書の交わりもされているということを聞いて、とても心を打たれました。

私は、ふと大きな気づきを得ました。私達のラスベガス日本人教会はそんな大きな教会というわけでもないけれど、祈祷会も早天祈祷会もおこなわれている。一方は、「行きたいのに行けない選択を強いられている」例と、「行けるのに行かない選択をしている」例の、この大きな二つの霊的状態の違いを示され、自分の信仰生活は本当にこれでいいのですか?と、神様に問われたように思いました。

私は子供が3人いるので、確かにイベント事に参加するのは躊躇します。しかし、それは神様の御心なのでしょうか。神様は、私達に選択の自由を与えてくださいましたが、子供に限らず、仕事や家族、色々な神様のみ前に行けない理由を探してはいませんでしょうか?

私のあの罪のために、私のあの傷のために、イエス様は十字架についてくださいました。それを思うなら、私は何を優先するべきかは一目瞭然であります。

今の私の現状は、仕事があるので、祈祷会に出席するのは困難ですが、まず出席したいと思う気持ちと、出席できるように祈ることの大切さ、そして、正しい時に正しい選択ができるように自分の祈り求めることの重要さを示されました。

「心の貧しい人は幸いである。」と、聖書にもあるように、私達は神様により頼む状況があること事態が、幸いなのであることに気付かされました。

肉の目に見て、整っていない部分を通して、神様のみわざが現れる可能性を多大に秘めている大きな希望を頂きました。
ハレルヤ!主のみなを賛美いたします。

ブログ制作チーム: Sao


下のアイコン2つをクリックして、応援お願いします。
2013.12.11 14:35 | 証し
| ホーム |

FC2Ad

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.