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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」第一テサロニケ5:18 

11月24日(日)に感謝祭礼拝が執り行われました。鶴田牧師が第一テサロニケの手紙5:18節より「感謝は人生を変える」というテーマで神の御言葉を取り次いで下さいました。

①感謝をすることは神の命令である。
旧約聖書の詩篇を開きますと、至るところで「主に感謝せよ」と書かれています。また、新約聖書のパウロの書簡を見ると繰り返し「すべてのことに感謝しなさい」とすすめられています。

「そしてすべてのことにつき、いつも、わたしたちの主イエス・キリストの御名によって、父なる神に感謝し、」(エペソ5:20)「そして、あなたのすることはすべて、言葉によるとわざによるとを問わず、いっさい主イエスの名によってなし、彼によって父なる神に感謝しなさい。」(コロサイ3:17)「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」第一テサロニケ5:18 

しかし、なぜパウロは全てのことに感謝しなさいと言うのでしょうか?パウロはただ、全てのことに感謝しなさいと言っているのではなく、イエスキリストの御名によって感謝をしなさいと言っているのです。更に、聖書は「いつも喜んでいなさい」とも命じています。

そんな不可能なことをと思うかもしれませんが、ここで言われている感謝や喜びは感情ではなく、意思的選択であるのです。つまり意思的な選択ならば、問題の只中にあってもその状況を感謝をするということができるということになるのです。では、聖書はなぜ自然な感情に反してそういうものに感謝をすることを命じていあるのでしょうか?つまり、どんな状況の中でもこれが神様のご計画の一部であり、神様が益にしてくださるように働いてくださることを私達が感謝をするのです。そうすると、神様は私たちの上に働いてくださるのです

逆に私たちが嘆いたり不平不満を述べるのであれば、神様が益になるように働こうとするのを邪魔してしまうことになるのです。私達の多くが神様が良き事をしようとされるお働きを邪魔することがどんなに頻繁にあることでしょうか?どんな状況にあってもその状況を神様に感謝をする事を意識的に心がけて生きたいと思います。

②感謝の心がもたらす益
では、なぜ皆さんは感謝する人になることがそんなに重要なことだと思いますか?それは、感謝する事は、私達にとって良いからだと、私は思います。感謝の思いを現す人になるには、多くの方法があります。感謝の思いを現す人になることで、あなたの個人的な幸せを増し加えることができます。私達のほとんどは、幸せというのは状況によって決まると考えています。私達は、幸せというのは、どれだけ物事がうまく言ってるかによるのだと教えられてきました。しかし、実際には幸せというの、私たちの態度で、私たちが物事をどう見るかで決まるのです。

使徒パウロは牢獄のなかでこれらの言葉を書きました。「あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。」(ピリピ4:4)このように、パウロは牢獄にいるにも関わらず、幸せでした。そして、どのように全てのことで神に感謝するかを学んだのです。それはまさに、人生における彼のものの見方でありました。ですから、幸せとは状況ではなく、ものの見方によって決まります。

感謝の言葉を表す人になるのであれば、私達をより良いキリストの証人とすることができます。「異邦人の中にあって、立派な行いをしなさい。そうすれば、彼らは、あなたがたを悪人呼ばわりしていても、あなたがたの立派なわざを見て、かえって、おとずれの日に神をあがめるようになろう。」(第一ペテロ2:12)

また、私達が感謝の人生を送れば、失われた人々を引きつけていきます。また、感謝を現す人になることは、皆さんの人間関係を強化していきます。私達が結婚生活についてに気が付くことが一つあります。年月が立ち、しばらくすると私達の多くが配偶者に対して感謝の気持ちを表さなくなる。長く知れば知るほど、互いに感謝をしなくなってしまうものです。もし、あなたがある日、家に帰宅後、あなたの配偶者にどれだけ感謝をしているかを口にされたのであれば、あなたの結婚生活がどれだけ改善されるかを想像してみてください。それから、子供たちに言います。もし、あなたたちがご両親に感謝を口にするのであれば、どれだけ良いことが家庭内で起こるか想像してみてください。あるいは、お互いに感謝を教会内で言い現していくのであれば、どれだけ教会の人間関係が良くなっていくことを想像してみてください。

パウロがどのように聖書の中で彼の手紙を書き始めたかをご存知ですか?ローマの教会、コリントの教会に、エペソの教会に、ピリピの教会に、そして、コロサイの教会に書きました。パウロは教会の人々に感謝をしていたことを書き現そうとしました。

感謝の心を持つことの一番の益は、神との皆さんの関係を固めるということです。「このように、わたしたちは震われない国を受けているのだから、感謝をしようではないか。そして感謝しつつ、恐れかしこみ、神に喜ばれるように、仕えていこう。」(へブル書12:28) 私は、私が持っている全てのものを神様に感謝するときに、神様をとても近くに感じます。皆さんはどうでしょうか?私は人生において、感謝を捧げる圧倒的な必要があることがわかりました。

③感謝の心を開発する方法
私達がもっと感謝を現す人になるには、どうしたら良いのでしょうか?第一に、私達が持っている全てのものは、神からのものだということを覚えてください。「地と、それに満ちるもの、世界と、そのなかに住む者とは主のものである。」(詩篇24:1)私たちがこれを認めるのであれば、私たちが神からのものを借りている特権者だということがわかります。「いったい、あなたを偉くしているのは、だれなのか。あなたの持っているもので、もらっていないものがあるか。もしもらっているなら、なぜもらっていないもののように誇るのか。」(第一コリント4:7)「そういう人は、主から何かをいただけるもののように思うべきではない。」(ヤコブ1:17)

第二に、不平不満を慎む必要があります。私は、皆さんに今日から4週間、不平不満を口にしないことをチャレンジしたいと思います。不平不満を言うかわりに、神に感謝を捧げるのであれば、皆さんの生活の質がどれだけ改善するかを思います。

不満を口にしても、状況は改善されません。むしろ、欲求不満を増幅し、不満と不一致を広げ、私達の人生に破壊をもたらすサタンの誘惑を誘い込むことになるのです。不平不満という事は、感謝を捧げることへの宿敵です。この二つは、同じ心の中に共存することが出来ません。「すべてのことを、つぶやかず疑わないでしなさい。 それは、あなたがたが責められるところのない純真な者となり、曲った邪悪な時代のただ中にあって、傷のない神の子となるためである。あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世に輝いている。」(ピリピ2:14-15)

最後の一つは、感謝を捧げる為の日々の訓練をする。年の一度の感謝祭だけではなく、日々の生活の中で感謝を見つける。感謝というのは、毎日の習慣にする必要があるのであります。「そしてすべてのことにつき、いつも、わたしたちの主イエス・キリストの御名によって、父なる神に感謝し、」(エペソ5:20)となっています。
ダニエル6章を見ると、毎日3回、神様に感謝の心を捧げたと書いてあります。果たして、私達はそういう毎日を送っているのでしょうか?

私は、皆さんが感謝をする人手あるかをテストする質問のリストを見つけました。自分自身で答えてみてください。
#1.あなたは恵まれている事と期待はずれな事と、どちらをもっと話す傾向にありますか?
#2.あなたはいつもぶつぶつ言い自分の状況に不平不満を言う人ですか?
#3.あなたは自分が持っているものを満足していますか?それとも、いつも不満足でもっとほしいと思いますか?
#4.あなたは祝福を数えるのが簡単ですか?それとも苦悩を数えるのが簡単ですか?
#5.あなたは誰かに助けてもらったときに、感謝をしますか?それとも、与えられるべきものとして受けますか?
#6.他の人はあなたを感謝する人だといいますか?

主の御名を賛美いたします。皆様、良い感謝祭をお過ごしください。

(LVJCCブログ制作チーム:Sao)

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2013.11.26 20:53 | 礼拝
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