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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、”受容力”ということを考えてみました。

皆さんは、日常生活において、心がイライラしたり、思い煩ったりということがありませんか? 何か大変な事があったわけではないのに、周りの人のちょっとした言葉や態度が結構あなたの心をイライラさせ、煩わせているのではないでしょうか? 

いつも心が安定した生活をするためには、こういう事にどう対処すればよいかを知るといいと思います。そこで、この事を考えるとき、まず第一に大切なことは、私たちが何かにイライラする時、その事柄の本当の問題に目を向け、それを理解することです。

例えば、誰かがあなたに向かって、「ほんとに助かりました」とか「あなたは素晴らしい人です」という好意的な言葉をかけられて嫌な思いになる人はいないでしょう。ところが、それがあなたを非難する言葉であったらどうでしょう。それが心にイライラを起こし、やがて我慢しきれなくなり、ついに爆発して言わなくても良い言葉を口にし、さらに問題を大きくしてしまうことになるのです。

その時、爆発した当人が思っているのは、相手があんなことを言わなければ、こんなにイライラすることはなかった。自分をこんな思いにさせた相手が悪いんだ、ということではないかと思います。

ところが、同じことを言われても、それを大きな問題に感じてしまう人と、「そうだね」などとさらっと認めて、ほとんど問題を感じない人がいるのも事実です。その違いはどこにあるのでしょうか。実はこの事は、自己受容ということに関係しているのです。

私達が自分の良いところも悪いところも含めて、ありのままの自分を受け入れることができていれば、かなりきつい言葉を人から言われても、それを受容し自分の中で消火できるのです。しかし反対に、ありのままの自分を受容できない人は、ちょっとした批判の言葉にも拒絶反応をしてしまうものです。

つまり、私達の心には相手の言葉や態度をどれだけ受容できるかという許容範囲があり、ある人の許容範囲は広く、ある人のは狭いということです。ですから、他の人は何の問題も感じなくても、ある人にとっては許容範囲を越えてしまい、心に大きな問題を感じてしまうのです。

心がイライラする状況になった時、その原因がどこにあるのか・・・あの人、この人の問題ではなく、実はそれは自分の問題なのだという認識を持つことは問題解決をするための大事な糸口となります。それを、夫が、妻が、子供が、あの人がと言っているうちは何の解決にもならないばかりか、いつまでも人へのイライラを持ち続け、やがて顔を見るのもイヤと思うまでになってしまうのです。

しかし、この問題は自分自身にある。許せない、受け入れられないのは許容範囲が狭すぎるという自分の問題。それを知り、認めることが解決への早道です。

ありのままのあなたを愛し、受け入れ、あなたをあらゆる心の束縛から解放して下さる神に、「人を悪く思う私の罪を赦して下さい。私にあの人を愛する心を与えて下さい。私の心の許容範囲を広げて下さい」と祈り求めるなら、神はあなたの罪を赦し、あなたの願いを聞き入れ、あなたを良い人間関係を築いていく者へと変えて下さるのです。

今日の一言: 受容力を持とう

平安
鶴田牧師

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2013.11.08 14:07 | 鶴田健次牧師より
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