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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、”与える喜び”について考えてみました。

「若草物語」の中に次のような場面が出てきます。

牧師であるお父さんが人助けをするので、家はいつも貧乏です。そのお父さんも従軍牧師として戦争に行っています。きょうは楽しいクリスマスの朝。ジョーは薄暗いうちから、だれよりも先に目を覚ましました。プレゼントの入ったくつ下がないので、ちょっとがっかりしましたが、まくらの下に手をやると、何かありました。それはお母さんがくださった赤い表紙の聖書でした。

「みんな、クリスマスおめでとう。早く起きてごらんなさい。お母さんからのプレゼントよ」メグもベスもエミーも、まくらの下に、それぞれ表紙の色の違った聖書を見つけました。お母さんが気の毒な人を助けるために外出している間に、四人姉妹はお母さんへのプレゼントの入ったカゴを用意しました。玄関の閉まる音が聞こえました。お母さんです。

「メリー・クリスマス! お母さま、聖書をどうもありがとう」。「まあよかったこと、喜んでもらえて。朝ごはんの前に聞いてもらいたいことがあるのよ。近くにとても貧しい奥さんが、病気で寝ているの。六人も子供がいて寒さにこごえているの。みんな、朝ごはんをクリスマス・プレゼントに持って行ってあげる?」。

一時間近くも、食事をしないで、お母さんの帰りを待っていたのですから、みんなおなかがぺこぺこにすいていました。じっと考えこみましたが、すぐに口々にこう言いました。「お母さまが帰っていらっしゃるまで朝ごはんを食べないで、待っていてよかったわ」。「わたしも行くわ。何か持って行ってあげる」。

その家に着くと、病気の奥さんは言いました。「あっ、天使さまがいらしてくださった」。そして、おなかをすかした六人の子供たちは、大喜びでごちそうを食べました。みんなは、からっぽのおなかをかかえて、家に帰って来ましたが、心の中は幸せでいっぱいでした。


いかがでしょう? 豊かで、あり余るほど物があるのに、たった一つでも分けてあげることを、泣き叫んで嫌がる子供が時どきいます。このような子供は、大人になっても自分のものを人に分かち合うことをしないので、貧しさを刈り取る人生を生きていくことになるかも知れません。

イエス・キリストは「受けるよりは与えるほうが幸いである」と教えられましたが、与えることは幸いなことであり、与えることこそ結果的に多くのものを得る道なのです。与えることの素晴らしさを知り、その喜びを教える最も効果的な時期は幼少時代です。ですから、子供が幼い時に、分かち合うことの喜びを体験させてあげることは、親の重大な責任だと言えます。そのためには親が、まずその喜びを味わい知っていることが大切です。あなたは”与える喜び”を知っておられますか?

今日の一言: 与える喜びを知ろう

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2013.10.25 04:53 | 鶴田健次牧師より
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