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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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去る礼拝は日本で宣教師として働きをしておられるウエスト牧師ご夫妻をお招きし、メッセージを取次いで頂きました。ご夫妻は5年前に宣教の為に日本へ行かれ、神学校へ行かれ、今はアメリカに1年間の期限で戻られています。そして、次に日本へ戻られた時には大阪での開拓教会、ビジネススクールの開校と大きなビジョンを持っておられます。

説教箇所は第一テモテ1:12-17から、「神様は罪人を用いられる」と題して語ってくださいました。ケビン宣教師は英語で、奥様の望夫人が日本語で通訳をしてくださいました。

①神様はご自身の働きの為に罪人を用いられる
第一テモテ1:12節と13節に注目してください。パウロは神様が自分を用いて下さった事に感謝しています。ここの箇所は「わたしは、自分を強くして下さったわたしたちの主、キリスト・イエスに感謝する。主はわたしを忠実な者と見て、この務めに任じてくださったのです。」。神様はパウロを忠実な者とし、この働きを任せてくださいました。パウロがなした働きは偉大な宣教師として福音を世界に運びました。しかし、イエス様はいつパウロを忠実な者とみなし、働きを委ねたのでしょうか?

パウロはクリスチャンになる前に、クリスチャンを大迫害する者でした。しかし、クリスチャンを迫害する為にダマスコに向かう途中で、突然、天から強い光が差し、パウロは倒され、その時にイエス様と出会いました。ここに素晴らしい真実があります。それは、パウロが救いを受けたと同時に、神の働きの任命を受けたのです。神が働きを任命した時に、まだパウロは反抗していました。

パウロが自分の受けた宣教の任命に確信を持っていたのは、彼がその働きの為に良い実績ををもっていたからではなく、神がそれを任命したからです。神様は実績や資格があるものを任命するのではなく、神様が任命した者を用いるのです。ラスベガスは沢山のクレージーな事があります。ラスベガスで一番の罪人は誰でしょうか?そのような重い罪人でも、神様が任命するなら、その人は神様の働きの為に用いられるのです。神様は全く忠実でなかったものを、忠実なものに変えてくださるのです。何と言う驚きでしょう!これは私達にとってわかりずらいものです。何故なら、この世は自分を証明す為には、良いテストの結果、仕事の結果を出さなければなりません。しかし、神様の原則は違います。神様はご自身の働き人をそのようには扱いません。神様は私達の霊的な履歴書は関係ないと思っています。いつどんな時でも、神様はご自身の働きの為に任命する事ができるのです。それではクリスチャンは聖なる生活を送らなくて良いのでしょうか?神様がいつでも罪人を用いて下さるなら、罪をおかしてもよいのでしょうか?このことは第2のポイントでお話します。

②神様は証しの為に罪びとを用いられます。
15節をお読みします。『「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった」という言葉は、確実で、そのまま受けいられるに足るものである。私はその罪人のかしらなのである。』少しこの箇所を見て混乱するかもしれません。パウロは罪人であり、神は罪人であるパウロを用いました。15節を読むと、パウロは罪人から聖なるクリスチャンに変えられたと思うでしょう。それは本当です。私達はパウロを聖パウロとして思い出します。14節を読むと、神様の恵みのみによって、パウロが信仰と愛に満ち溢れる人に代えられた事がわかります。以前パウロは憎しみに溢れる人でした。しかし、変えられました。このように大きな変化がなければ、私達がクリスチャンになったとは言えません。

パウロは自分の事を「罪人のかしらである」と言っています。どういう事でしょうか?パウロは聖なる者に変えられましたが、同時にパウロが変えられたすべての事は神様の恵みによってと言う事をパウロは良く知っていました。また、クリスチャンとして成長する中で、罪を何度も犯してしまう人間である事を知りました。私達がたとえ聖なる者に変えられたとしても、私達は罪を犯してしまう人間なのです。クリスチャンの証しというのは、自分自身の罪に敏感になっていくという事です。これがパウロの信仰生活の中で起こっていることで、「罪びとのかしらである」と言っているのは、パウロの信仰の基本に基づいています。それはイエスキリストが罪人の為に死なれたという事です。

この聖書箇所はパウロの一番弟子であるテモテに書かれています。ここでパウロは、私は毎日罪人で毎日、救い主を必要としていると言う事をテモテに伝えたかったのです。私は救われたのでもう救い主はいりません。とは言っていません。私は罪人で誰よりも救い主を必要としていると言っているのです。何故なら私は罪人のかしらだからです。これはパウロの証しであり、私達の証しです。

パウロは人に対してあなたは罪人で悪い人と言っていません。パウロは自分が一番の罪人であると言っています、しかし、それで終わっていないのです。それは私達が重い罪人である事をこの世に示し、神様の恵みはこの重い罪をも許して下さる事を示します。もし、神様がこんな私を救ってくださるのですから、もちろんあなたを神様は救うことができます。それが私達が伝えたい事で、私達の証しです。何故なら神様は罪人を神様の証しの為に用いてくださるからです。私達に必要なことは、どれだけ自分が罪人であるかをまず知ることです。神様の御前で打ち砕かれた事がありますか?神様の満ち溢れる愛と恵みを受けたことがありますか? 私達の罪を赦し、恵みと愛を恵んでくださる神様の経験を毎日してください。このような罪を赦してくださる神様に感謝が溢れます。私は赦しと言う言葉が大好きです。何故なら私は毎日赦しを必要としているからです。

もしそのような経験をした事がなければ、まず神様の聖さをみてください。そして、それに対して自分がどれだけ罪深く醜いかを知ってください。しかし、そこで止まらないで下さい。イエス様は私達のその罪の為に死んで下さった事を信じてください。そうすれば、私達はこのような証しを持つ事ができます。神様がご自身の働きに罪人を用いられたかお分かりになりましたか?何故なら罪人で許された、救われた人でなければ、神様の証人になれないのです。

私達が犯しがちな二つの過ちがあります。一つは自分は弱すぎて罪がありすぎますて、神様の為に用いられることはない。しかし、この場合は自分の罪の重さと醜さを知っていますから、主の証人となるパワーになります。もう一つは牧師や教会のリーダーにありがちな間違いは、自分は良く見えなければいけないという事です。自分は前に立つもの、導くものだから、神様の聖さを見えないといけないといけと思っています。もしそういうものを見せなければ、人をつまずかせてしまうと思っています。しかし、それは間違いで、神様の働きの力は私達の聖さではないからです。ミニストリーの力は私達は罪人ですが、その罪人を救ってくださった神様の聖さにあるからです。もし、このメッセージを心に持っているなら、多くの人に伝えることができます。私達クリスチャンも罪人です。でも、イエス様がこの上にない恵みを現してくださった。だから、私達が罪人であって、救い主によって救われた事がわかれば、人間関係も変わり、福音の伝え方も変わります。

③神様はご自身が賛美を受けるために罪人を用いられる。
17節からパウロは情熱にあふれ神を賛美しています。パウロが重い罪からキリストによって救われている事が大きな喜びになっているからです。救われている私達は神を賛美をするべきです。しかし、賛美できない時もあります。そのような時に、どのように賛美できるように神に導かれるかという事です。神がどのように自分を愛して、赦して、救ってくださったかを瞑想する時に、賛美の心が与えられます。イエス様は私達の罪の為に、十字架の上で血を流されました。イエス様ご自身が罪を負いました。イエス様の身体が打ち砕かれました。腕と足が釘で打たれました。死に至るまで、血を流されました。これが私の為であるとわかる時に、本当に賛美にあふれるのです。

永遠の天国では私達の罪は完全は取り除かれます。その時も私達はこのように神を賛美します“イエス様が私達の罪のために死んでくださった”これが私達の神を賛美するテーマと栄光です。このメッセージこそが私達が日本に伝えたい事です。多くの日本の人々はイエス様の愛を知る必要があります。何故なら、その愛は罪人への愛だからです。愛する事が難しい人へ、反抗する人への愛です。多くの日本の若者が自分は愛されていないと悩んでいる人がいます。皆さん、どうぞ続けて日本の為に、祈り支えてください。私達は続けて、日本へこのメッセージをもって行きます。神様が続けて、罪人である私達を用いて下さる事を信じています。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2013.10.02 10:09 | 特別礼拝 / 集会
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