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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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昨日の礼拝は日本より朴先生をおむかえして、ローマ書8章31-39節から「成功者と勝利者」と題して、メッセージを取次いで頂きました。

パウロはイエス様に会うまでは、誰が見ても成功者と言える人でした。しかし、ダマスコの途上でイエス様と会った時、本当に自分を幸せにさせてくれるものは成功というものではなく、勝利者である事を知りました。イエス様を信じて、使徒として働きながら、飢えや貧しさや裸や牢屋、病、命の危険にさらされる事があっても、私の中にイエス・キリストがおられるという確信を持つ事ができれば、その人は誰でも信仰の圧倒的な勝ち余る勝利者として歩む事ができます。

しかし、私達をキリストの愛から引き離すものが沢山あります。お金、名誉、健康もそうです。また、私達の中にある罪、不信仰もそうです。しかし、困難の中でも神様が私とともにいてくださり、私はこの世の物よりも、この世のどんな人よりも神を愛しているという人、私達がイエス様の十字架で救われている事が確かである人は、大胆に神様が私達と共にいてくださるという事を確信する事ができます。

パウロはイエス様に出会う前は沢山の物を持っていました。それは富であり、名誉、知識などです。しかし、イエス様に出会ったパウロはそれら一切の物を塵、あくたと言っています。イエス様は使徒パウロだったから力を与えたでしょうか?そうではありません。イエス・キリストは何者にも変えられませんと信仰による確信を持つ者に対して、誰に対しても力を与えてくださいます。

しかし、神様が皆さんに本当に与えようとしているのは、長生きが出来るとか、何も問題がない、富を沢山持つということよりも、イエス様の一番の関心は皆さんの中でなくてはならいないイエス・キリストを大事にされる事であり、イエス様が私の中にいれば、すべてを手に入れたものと同じだとという確信に立って信仰の勝利者として歩む事を願っています。伝道は私達が汗を流して、色々な事をしますが、しかし伝道のはじまりは、皆さんの生活の中でイエス・キリストがお客様としておられるのではなく、主人として私のすべての事を計画し、力を与え導いてく、支配をしてくださる方として私達の心の中にある時に、神様は伝道を導いてくださいます。どこにいても、伝道の対象者を会わせてくださいます。伝道の業は本当に大切ですが、使徒パウロが告白しているように、試練の中にあっても、本当に大変なのは試練の中でイエス様が共にいてくださるという確信がないことであり、それは単なる苦しみに過ぎません。しかし、イエス様が共にいてくださる様々な試練は問題になることはありません。


先生は日本の宣教の働きの為にご自身を捧げておられますが、昨年の10月、愛する奥様が天に召されました。信仰の中で出会った奥様はすでに癌を患っておられましたが、先生は主が与えてくださった奥様を支え、愛しぬきました。最初の癌の発病の時に、余命半年と宣告を受けましたが、先生達の祈りにこたえ、それから19年の命を主は与えてくださいました。その中で、奥様も先生を支え、教会と家庭を守られました。奥様は最初の癌の中で、イエス様と出会いました。ですから、癌の病がなければ救いにあずかる事はなかったと証しされ、また、癌という試練がなければ、教会開拓をし、教会を建て、お子さんを持ち、天に召された後もこのように用いられることはなかったと語ってくださいました。

この世の様々な事は私達からキリストを引き離す事ができます。ローマ書でパウロが言っているように、私達の道がどのようになるかはわからない、どう祈っていいかわからないという事があります。しかし、聖書には「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにしてくださる」言っています。私は、その事を信じる事ができます。

先生は奥様の手術、治療、入院中でも牧会に全力投球をする事ができました。しかし、天に召された後は、お子さんを育てながらの中で牧会に全力投球する事ができないと思い、祈り、教会を離れる事にされました。

牧会をする中で、自分自身も神様だけを見上げ、信徒の愛に支えられたのは事実ですが、目に見える兄弟姉妹の愛であっても、本当の支えにはならない。本当の支えは、神を愛する者、計画に従って召された者として、私が神様を愛し、私が一方的に神を愛するのではなく、神が私を愛してくださっている事を確信できる事でした。そのような私の中に神が生きて働いていてくださる事が私の力になるのです。

神様はご計画に従って召された者、神様を愛する者に必ず万事が益となるように、死でさえどんなものも、過去も現在も未来もすべてを用いて神様はキリストの愛から引き離される事がないように守ってくださるのです。

神様のために自分がどのように生きるべきかを備えてください。パウロはこの世での成功を成し遂げました。しかし、それによって彼が満足できないように、神様は一方的に彼に選択がないようにしてくださったのです。選択ができるならば、命、危険、剣を選びたくなかったでしょう。しかし、神様の特別な祝福と恵みとして、私達は召され、単なる苦しみではなく、皆さんの個人的な成功だけを与えるのではなく、それが最終的な目的ではなく、主イエス・キリストの愛を伝えるために生きるのです。成功者ではなく、勝利者として歩む皆さん一人ひとりとなるように祝福します。


(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2013.08.26 13:11 | 礼拝
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