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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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おはようございます!いかがお過ごしですか?皆さんが、すばらしい日をお過ごしであることを願います。それは、今朝おいしい朝食を頂いたからではなく、また今朝渋滞なく教会まで来る事ができたからでもなく、神様が、今日という新しい日を与えてくださり、私たちを生かしてくださっているからです。これは、私にとって、当たり前だと思ってしまうことのうちの一つにすぎません。少なくとも、私たち若者にとってはそう考えがちです。

皆さんにとっても、日常生活の中で、その日に何をするかを明確にしながら、スケジュールをこなし、日々を過ごしておられることだと思います。でも、それは、神様を崇める最高の生き方でしょうか?私たちが日常生活で行うすべてのことは、神様のためにしているのでしょうか?それとも自分のためでしょうか?これは、今回のキャンプでたくさん学んだレッスンのうちの一つです。

まずお証を始める前に、皆さんが私がキャンプに参加している間、私のために祈ってくださっていたことを心から感謝します。毎年、キャンプ後は、御霊に満たされて霊的にも高まった状態なのですが、やはり、学校が始まるとキャンプで学んだことも、残念ながら忘れてしまいます。課された責任や、友達や家族との関係でとても忙しい日々を送っていると、いつの間にか、神様が私の心の端のほうに追いやられてしまうのです。

私が神様を必要とするときにだけ、神様を引っ張り出すのです。もちろん、教会には来ています。祈っていますし、聖書も時々読んでいます。でも、それは、本当に神を崇める生き方だったのでしょうか?そうではありません。このキャンプには、2人の講師が、与えられました。2人とも、牧師先生で、男性で、アジア人でした。でも、全く違ったメッセージを取り次いでくださいました。

最初のスピーカーは、本当のクリスチャンの印について第一ヨハネから語ってくださいました。最初の印は、神との交わりを持っていることです。つまり、毎日神と語り合い、祈ることです。

2つ目の本当のクリスチャンの印は、心で罪の告白をしていることです。スピーカーは、このようにおっしゃられました。「もし罪の告白をしないなら、自分が罪のないものと見ており、それは、神を偽り者とすることになるので、最終的には、神を信じていないことになる。」皆さんが神に祈られるときに、このことを思い出してください。

3つ目の本当のクリスチャンの印は、聖さです。私たちが聖いのではなく、聖い神が、私たちをこの世から分けてくださった故に私たちも聖い存在となることができたのです。

4つ目の本物のクリスチャンの印は、私たちが人々を愛するということです。それは、神様が、私たちを愛さないとは絶対にお考えにならず、神様の愛は、尽きることがありません。だからこそ、私たちも人々やすべてのことを、愛することは当然なのです。

5つ目の本当のクリスチャンの印は、本当のクリスチャンは、神を追い求め続けるということです。神の御言葉に、全信頼を置き続け、信じ続けます。

これらの印を学んだ後、私は、自分が、本当のクリスチャンとはかけ離れた存在であることを知りました。しかし、神様は、もし私が神様の邪魔をしなければ、私の人生をも、ご自分の栄光のためにお用いになることができるということを、私に気づいてほしいと願っておられることも知りました。

2人目のスピーカーのメッセージは、父なる神の偉大さについてでした。先生は、「神は、すべてをお造りになられたすばらしい神様であると同時に、私たちを完全に滅ぼすことがお出来になるお方であるにもかかわらず、そうは絶対されない。」ということを語ってくださいました。

私たちは、頭から足のつま先まで、罪に覆われている存在であるにもかかわらず、神様は、私たちを愛さないという選択肢を持っておられません。私たちは罪を犯すことによって、父なる神をいつも傷つけてしまいますが、そんな時も神様は、私たちを気遣ってくださいます。

そのとき、生まれてはじめて、本当の自分を見ました。それは、罪に染まった穢れた人間。それがはっきりと自分で分かったとき、涙があふれ、自分の無知のために神の赦しを神に祈り求めたのです。涙が止まりませんでした。自分が、砕かれるのを感じました。

神様を心に迎え入れてもう10年近くも経つのに、まだ、神の御心である、御霊の導きに自分をゆだねていなかったことに気づかされました。スピーカーが、「今、絶望と自分の醜さを感じてほしい、それが現実なのだから。私たちは、罪で覆われいる存在で、神様の愛を受けるには、全く値しないんだ。」と言われたことを覚えています。

その後、彼はこのように語ってくれました。「でも、良い知らせは、神はそれでも私たちを愛しておられるということ、私たちは、神の子供であるが故に、神はそれでも私たちを守ってくださり、気にかけてくださるということ。だから、このことを喜ぼう。この物質的な世界にどっぷりつかるのではなく、神様に私たちの全存在を支配していただき、永遠なる世界へと神に導いてもらおう。」

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このマウントハーモンのキャンプで、私は、自分の体が本当は自分のものではないことを学びました。何一つ私のものではありません。神に用いて頂くために、自分を完全に神に明け渡さなければなりません。私の人生でなすことすべてが、神に用いられるためであるべきです。私は、この世的に生きるのではなく、まだ神を知らない人を神の御腕に導く手助けをできればと思います。

マタイ5:13-16には、「私たちは、地の塩、世の光です。」と書いてあります。海の塩は塩けがあるように、塩のきいた、また太陽の光のように光り輝くクリスチャンであろうではありませんか?もし私たちがそうでなかったとしたら、神様は、私たちをどのようにお用いになることができるでしょうか?
最後に、改めて、教会の皆さんのお祈りとサポートを心から感謝いたします。

(LVJCCユース:Marina)

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2013.07.22 08:31 | 証し
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