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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今まで誰よりも多くの人に福音を語ったと言われているアメリカの伝道者ビリー・グラハム。
ビリーはノースカロライナ州の近くにあるシャロン高等学校で、バスケットと野球選手としてヒーロー的存在だった。ゆくゆくは大リーグの一塁手になりたいと彼は願っていた。もしなれなかったら、父親のように農業でもしていればいいと思っていた。

ビリーが17歳の時、元拳闘選手だった伝道者がシャーロットにやってきた。伝道者モーディカイ・ハムは、聴衆を指差して地獄について語るような昔ながらのやりかたをする伝道者であった。罪を真っ向から攻撃したのである。シャーロットの教会の指導者たちは、ハム師が騒ぎすぎると思ったので、集会のためのテントを張る許可を与えなかった。しかし、ハム師は信徒たちの助けをかりて、市の境界線のすぐ外にテントを張った。

ビリーが初めて出席したときは、その集会はすでに数週重ねていた。しかし、ビリーは積極的にこの集会に参加したわけではなかった。彼は日曜日はいつも敬虔な両親と一緒に教会に行っていたのである。そして、お酒もたばこものまなかった。ただ、日曜日には他にいろいろとしたい事があったので、いくら父親が熱烈なハム師の支持者であっても、集会にわざわざ行く気はならなかったのである。この集会には5千人というその街にとっては例外な数の大観衆が集まっていた。ハム師の話はビリーに何の感動も与えなかった。しかし突然、ビリーのいる方向を指差して、「あんたは罪びとだ」と叫んだ。その瞬間、ビリーは前列の婦人の帽子の影に隠れたのです。

それでも二日後の夜、ビリーはまた、友人のアルバートを連れて集会に行った。そして数夜にわたって、一緒にその集会に参加した。火のようなその伝道者は、くり返しくり返しビリーに向かって、天国か地獄かの選択をせよと迫った。

ある夜、ビリーはもう一人の友人グラディを集会に連れて行った。「聖歌隊の席に座ろうよ」とビリーは提案した。伝道者から見えない背後の席に座りたかったのである。その夜、伝道者はビリーを指差しはしなかった。それでも、ビリーは彼が「今夜、ここに極悪な罪びとがいる」と言ったとき、ショックを受けた。「彼は僕のことを言っているのだ。だれかが僕がここにいる事を、あの人に告げたに違いない」とビリーは思った。

伝道者は話を終わり、罪を悔いている者は前に出てくるようにという招きをした。聖歌隊が歌い出したとき、ビリーはけんめいに何かをこらえてた。歌はなおもつづいている。彼はもうこらえ切れなくなった。「グラディ行こうよ。」と言った。二人は聖歌隊の中から抜け出して、前に立った。ビリーはこの決心をした時の事を回想して、こう言っている。
「まるで薄暗い日に、太陽が急に輝き出したかのようであった。すべてが異なって見えた。私は初めて新生の喜びを知ったのである」

1936年のその記念すべき夜以来、ビリー・グラハムは歴史上のどんな説教者が語ったより以上の人々、2千万人という人々に直接語っている。そして、何万人という人々がキリストに導かれたのである。

(LVJCCブログ制作チーム:薫)

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2012.12.24 22:52 | 信仰者シリーズ
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