LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

第八日「シオンの娘に告げよ、見よ、あなたの王がおいでになる、柔和なおかたで、ロバに乗って、くびきを負うろばの子に乗って」。 マタイ21章5節 
    

P9112214B.jpg

今日から二日間エルサレム神殿(MAUNT・MORIAH)とその周辺を訪ねます。最初に訪れたのはオリーブ山です。山腹はユダヤ人の墓地があり、さえぎるものがないので神殿と旧市街を一望できる絶好の展望台となっています。イエス様はベタニアからこの山を越えてエルサレムに入城されました。

P9122442B.jpg

このオリーブ山に園の墓と呼ばれるイエス様の墓があります。エルサレムの聖墳墓教会にもイエス様の墓がありますが、こちらはプロテスタントの多くが信じているお墓です。ゴードン将軍が発見したどくろの崖や、その上の処刑場跡、イエス様を葬ったアリマタヤのヨセフのものと言われている墓もありました。ここでは、園を管理している英国国教会の好意で聖餐式の恵みにあずかる事ができます。アーモンドやアイビー等、様々な樹木に囲まれ静寂のなかでの聖餐式は、主の御臨在を感じる時でした。

51.jpg(オリーブの木をくりぬいて作った杯)

山麓にあるゲッセマネの園と万国民の教会は、非常に多くの人で賑わい、薗の墓とは対照的でしたが、ここにある8本の老オリーブの樹は樹齢三千年とも言われ、イエス様の祈りを見届けた木々であろう。教会内部には、大きな一枚岩がありこの上でイエス様が祈られたと言われています。この近辺には、昇天教会やマグダラのマリア教会が建っている。

53.jpg

このあと向かったのは、エルサレムの城壁・西壁です。エルサレム神殿は、ヘロデの改修後紀元70年にローマ軍によって完全に破壊され、わずかに西側の壁が残されたのみでした。この年世界に散らばったユダヤ人は故郷への帰還を望み、毎年一度この壁で祈るようになりました。またユダヤ教徒達は、この西壁でかっての神殿をしのび、これから再建される第三神殿を思い祈ります。いわばユダヤ教の唯一の聖地ともいえます。この西壁は別名「嘆きの壁」ともよばれています。幅はわずかに57mで男女別々になっており、男性は入り口でキッパーを着帽します。

54.jpg

かっての神殿や壁は現在の地表より20m下にあり、西壁の下にトンネルが掘られており、第二神殿にそって道が続き所々に祈祷所が設置されている。途中には570トンもある一枚岩が使われており、どのように運んだのか今でも謎となっている。さらに進むと貯水槽があり、昔の「至聖所」に一番近い所と言われている。この貯水槽を見ながら地上に出ると地下壕の終点であり、「ヴィアドロローサ」の開始地点である。「ヴィアドロローサ」は明日訪れる予定で、ここからヒゼキヤの水路に向かいました。

55.jpg

ヒゼキヤの水路は、エルサレム城外にあった水源「ギホンの泉」から城内のシロアムの池までトンネルをひきました。全長は500m以上あり、いまでも女性の太もも近くまでの水量があります。背をかがめながら進むところが多く幅も体を横に向けるところもありました。2700年前ギホンとシロアムから掘り進め、中間地帯で合流させた土木技術は大変なものです。

      56.jpg

この日の夕食は、NerYah(ナーヤ)若いユダヤ人クリスチャンとのフェローシップでした。こうした若いユダヤ人クリスチャンが生まれてきている事は本当に素晴らしく、様々な支援活動を考えなければなりません。

57.jpg

第九日 天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださった。その出来事を見ようではないか」と話し合った。 ルカ2章15節
    
今日は多くのキリスト教徒がたどったヴィア・ドロローサ(悲しみの道)を訪ねます。イエス様が総督ピラトに死刑判決を受け、ピラトの官邸から十字架を背負ってゴルゴダの丘があったとされる、現在の聖墳墓教会までの約1kmをヴィア・ドロローサと呼びます。途中14のステーションがあります。

第1ステーション  イエス死刑判決を受ける。ヨハネ19章16節
第2ステーション  イエス十字架をかつぐ。ヨハネ19章17節
第3ステーション  イエス十字架の重みに倒れる。哀歌1章16節
第4ステーション  母マリアがイエスを見る。哀歌1章12節
第5ステーション  キレネ人シモン、イエスに代わり十字架をかつぐ。マルコ15章21節
第6ステーション  ベロニカ、イエスの顔をぬぐう。聖ベロニカ教会
第7ステーション  イエス、二度目に倒れる。イザヤ53章6節
第8ステーション  イエスエルサレムの娘達を慰める。ルカ23章28節
第9ステーション  イエス、三度目に倒れる。詩篇40篇8節
第10ステーション  イエス、衣をぬがされる。イザヤ1章6節
第11ステーション イエス、十字架に釘付けにされる。ヨハネ19章18節
第12ステーション  イエス、十字架上で息を引き取る。マルコ15章34~37節
第13ステーション  イエス、十字架上から降ろされる。マタイ27章57、58節
第14ステーション  イエス、墓に葬られる。マタイ27章60節

       58.jpg

このほとんどのステーションごとに教会が建てられています。最後の10-14ステーションは聖墳墓教会内にあり、イエスの処刑場ゴルゴダはこの教会の場所と信じられています。教会内部はローマカトリック・アルメニア・コプト教会・ギリシャ正教などの各派によって区分管理dされている。

59.jpg
    
いよいよイエス様の誕生の地ベツレヘムに向かいます。エルサレムから南に10kmにあるベツレヘムは、現在パレスチナの自冶区になっており、住民のほとんどがアラブ人で構成されている。パレスチナ自冶区になった1995年当時は人口3万のうちキリスト教徒は3割だったが、2012年にはキリスト教徒は1%以下になっており、大部分のキリスト教徒が海外に移住したと言われている。

P9142688B.jpg

イエス様生誕の地に建てられた「生誕教会」は、カトリック・ギリシャ正教会・アルメニア教会の共同管轄によって運営されているが、入り口の鍵はパレスチナ自冶区が管理している。この「生誕教会」は1700年前に建てられた教会としては最も古い物のひとつである。床はモザイクで当時のまま残っており、天上の梁も当時の様式をとどめている。「生誕教会」の正面にはイスラム教のモスクが建てられ、大音量で戒律を唱えていた。ここで食べたアラブのアイスキャンデーは結構美味しかったです。

60.jpg

第十日 マリアは「ザカリアの家に入ってエリザベツに挨拶した」。ルカ1章40節、「マリアの讃歌」ルカ46節~55節、「ザカリアの讃歌」ルカ1章68節~80節

いよいよ聖地旅行の最後の日となりました。今日はバプテスマのヨハネの生まれたエンカレン(EINKARN)のマリアの訪問教会を訪ねました。エンカレンはエルサレム郊外の小さな町で、「ブドウ畑の泉」という意味があります。周りを低木の林でかこまれたエンカレンで、マリアは三ヶ月を過ごしたと聖書では書かれています。バスを降りてから急な坂道を登ると、柔和な修道士の方が出迎え様々な説明をしてくれました。

62.jpg

マリアとエリサベツが向かい合い手を取り合っている銅像が建っており、各国から送られた特色のある額と絵が掲げられています。日本からの絵には「マリアの讃歌」が書かれていました。イエスの先駆け道備えのため、天から遣わされたヨハネは、イエス様が栄えるのを聞くと心から喜び「花嫁を迎えるのは花婿である。花婿の介添え人はそばに立って耳を傾け、花婿の声が聞こえると大いに喜ぶ。彼は必ず栄え、私は衰える」。 ヨハネ3章29、30節 と延べ、ガリラヤ領主ヘロデ・アンテパスの手にかかって非業の最期をとげます。イエス様は彼の事を、「女の産んだ者の中で彼より勝る者はいない」。つまり人類史上最大の者と評価されたのです。ヨハネの歩みに習う者となりたい。聖霊様のお力を祈り求めます。

       63.jpg

翌日まで残るメンバー3人をホテルに送るためバスは再びエルサレムに向かいました。途中南壁にある考古学公園を見学、イエス様はオリーブ山からここにあるフルタ門を通って宮殿に入られました。いまでも水槽の跡が沢山残され、外から来た参拝者はここで沐浴をし体を清めてから宮殿に入り、生贄を買い求めたそうです。

       64.jpg

最後の残された時間は、マフネ・イェフダマーケットに買い物に行きましたが、あまりの人混みに買い物はおろか、ゆっくり見学すら出来ない状態でした。

       65.jpg

夕刻テルアビブ空港で、今回の旅が主の導きによって守られ、祝福された事を心から感謝し祈りました。たくさんの兄弟・姉妹の祈りによって、支えられた今回の聖地旅行は、実りある素晴らしいものでした。主からの新たな召命を受けた事を肌で感じ取る事ができた旅でもありました。

66.jpg

行きたい場所がたくさん残されましたが、これは主が私に対し再びの時を示されたのだと思います。シオンの丘よ再びの日まで・・・

(イスラエル旅行報告: 松岡)


ブログランキングに参加しています。クリックで応援してください。
2012.11.18 20:51 | 証し
| ホーム |

FC2Ad

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.