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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

第五日 「わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる」マルコ1:8

きょうはガリラヤ湖畔をあとに死海のホテルまで、ヨルダン川に沿って南下しました。最初に向かったのがQASR AL YEHUD(カサーアルヤハード)バプテスマのヨハネの洗礼所です。「ヨハネがバプテスマを授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった」。ヨハネ1章28節ここで書かれているベタニアは、ラザロやマルタ姉妹の住んでいたエルサレム郊外のベタニアでなく、ヨルダン川が死海に流れ込む7km程上流にあるベタニア村です。国道90号線からヨルダン川に向かい、左右が地雷原で有刺鉄線に挟まれた砂利道をすすみました。

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この洗礼所は実に43年ぶりに一般に開放された聖地です。ここでの「献身礼」は本当に身も心も洗われ、無になった自分のなかに主を第一番目にお迎えする事ができました。

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身も心も清められた私達一行は、ヨシュアが攻略したことで有名なエリコへと向かいました。海抜マイナス350mにあり、地上で最も古い町のひとつといわれています。1994年パレスチナ自冶区となりアラブ人の行政支配地区となっています。したがってほとんどのユダヤ人たちはエリコの町には入れません。人口2万人強その大多数がアラブ人です。

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小さな店がひきめしあう下町は、活気があり時間があればのぞいてみたい通りでした。バスはある大木の横に停車し、この大木が収税人ザアカが登ったイイチジク桑の木であることを知りました。樹齢2千年はあろうかと言う巨木です。2千年前のとある日、背の低いザアカイは、群衆の後ろから一目イエス様を見ようとこの巨木にのぼりました。イエスはこの「嫌われ者・孤独者ザアカイ」に声をおかけになりました。「ザアカイ急いで下りてきなさい。今日はあなたの家に泊まることにしてあるから」。主ご自身からザアカイに近づかれたのです。ザアカイはイエス様を家に迎え入れ、さらに自分の心の奥にまで迎え入れたのです。 

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死海文書で有名なクムランの遺跡に向かいました。いまも発掘作業が行なわれているこの教団共同体は現在の修道院を純化させたような戒律と信仰生活様式をもった、きわめて没社会的、非社会的信仰集団でした。彼らが筆写した聖書の写本600巻は「死海写本」と呼ばれ、20世紀最大の考古学的発見と言われています。

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次に向かったのが、かってその悲劇の歴史を知り感動の涙をながした「マサダの要塞」です。イスラエルの歴史のなかでも、マサダの要塞ほどドラマをもった場所はそう多くはないでしょう。紀元70年にエルサレム陥落後、エルアザル・ベン・ヤイルに率いられた、熱心党員を中心にしたユダヤ人967人がこの砦にたてこもり、約15、000人のローマ軍と3年間も戦ったのです。

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回りを絶壁で囲まれたこの要塞を、ローマ軍は城壁に達する巨大な土の傾斜面をつくり、最後の攻撃をかけたのです。しかし要塞内は静寂におおわれていました。そこにいた者は五人の幼児と匿っていた二人の婦人だけでした。紀元73年4月15日最後の時が来た事を悟った彼らは、ローマの手に落ちず自ら死を選びました。彼らはくじ引きをして10人を選び、この10人が他の者を殺し、最後の一人が9人を殺し960人全員が死にました。この日以来ユダヤ人達は、亡国の民として世界中を流浪し20世紀にまでいたるのです。1947年国連はパレスチナをイスラエルとアラブ人の居住地に分割を決定。1948年以降イスラエルは祖国復帰を実現しいまにいたるのです。(エゼキエル書37章21節)

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マサダの感動のあと死海のホテルに向かいました。死海の浮泳を試しました、思った以上に簡単に浮く事ができ童心に戻り楽しみました。死海はおおくの川から700万トンの水が流れ込んでいますが、それが出て行く場所がありません。ですから生き物は生息する事が出来ないのです。クリスチャンも同じで、恵みを受けるだけで、他に伝えなければそれは死んだ信仰といえます。

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第六日 主の使いは彼女(ハガル)に言った「わたしは大いにあなたの子孫を増して、数えきれないほどに多くしましょう」創世記16章10章
    
この日は、ネゲブ砂漠を縦断しベドイン村に入り、ラクダに乗りベトイン料理を楽しみ、イスラエル南端からヨルダン国境を越えぺトラまで向かう日程です。ネゲブ砂漠の真っ只中にあるベトイン村は天幕でおおわれ、日光をさえぎり思った以上に快適な空間でした。ベトインとは町でない所に住む人々という意味だそうです。彼らは、馬・羊・ラクダを放牧飼育し、その売買や輸送、観光業務で現在は収入を得ています。

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ラクダに乗りましたが、見た目ほどは快適ではありませんでした。やはり何事も修練が必要ですね。楽しみにしていた、ベトイン風歓迎茶とベトイン料理は楽しく美味しくいただきました。接待されたアラブ人の主人は、英語アラビア語ヘブライ語に堪能な方でした。彼の話では、女性は家族の世話をし、男は旅人の世話をするそうです。

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砂漠地帯で貴重な水を使って旅人にまずコーヒーとお茶を出すのは、旅人を家族と同じとみなす歓迎の意味があるのだそうです。ネゲブ砂漠には現在2万人のベトイン人が住んでいますが、今の若い人達はヨーロッパに働きに出て行ってしまうと、寂しげにこのイシュマエルの子孫は語っていました。

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ベトイン村をあとに、バスは一気に紅海の貿易都市アカパに向かい南下しました。アカパで国境を越えてヨルダンに入り、ここからは一気に北上し約2時間で遺跡の都市ぺトラに着きます。ヨルダン王国は、人口600万人イスラム教スンニ派が92%を占めカトリック教徒が6%ほどおります。基本的にヨルダンとこの辺一帯はエサウ(イサクの長子)の子孫エドム人の支配下にありました。私達の泊まったぺトラパノラマホテルは、急峻な山の中腹に作られたホテルで、到着ロビーが最上階で一般ホテルの屋上にあたります。かなり戸惑う興味深い造りになっていました。

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第七日 「こうしてエサウはセイルの山地に住んだ。エサウはすなわちエドムである」。創世記36章8節(セイル=毛深いの意味でヨルダン地域にある山岳地帯を指す。エドム人はエサウの子孫。)
    
今日はぺトラ遺跡の見学後、再び国境をこえてエルサレムに入ります。ぺトラ遺跡は1985年にユネスコ世界遺産に登録された、中東を代表する大遺跡です。ぺトラのある土地は山地で自然の要塞であった。このため古くから中東のキャラバン隊の行き交う要衝の都市であった。紀元前1200年頃からエドム人達がこの近辺に居住していたが、紀元前1世紀頃からエドム人を南に追いやったナバテア人たちが居住し始め、アラビア方面の貿易によって大いに栄えた。紀元前63年にローマ帝国の支配下におかれ属州となったが通商による大繁栄は続いていた。紀元4世紀には、ローマに完全に組み込まれキリスト教化され遺跡の中に教会の姿も見られます。しかし、7世紀ごろ海路の発達によって急激に衰退し歴史から完全に消えてしまいました。

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ぺトラ遺跡は高いがけに挟まれた狭い通路を通るため、長い間この地は発見されませんでした。この大遺跡が発見されたのは、1812年スイスの探検隊によってであるが、発掘調査は20世紀初頭から始まり現在も続いているが、全体の遺跡の数%しか完了していません。

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ぺトラ遺跡は断崖絶壁の岩肌をくりぬいて造られており、多くの建造物に圧倒されます。その岩肌は様々な色をしており、早朝と夕暮れは幻想的な朱色に染まり「薔薇色の古代都市」と呼ばれています。とくに遺跡の中でも有名なエル・ハズネは微妙な光の違いによって一日に50色もの薔薇色を見せると言われている。

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この遺跡を女性陣はロバに乗って見学、深部にあるビサンティン教会まで行く事が出来ました。

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このあとぺトラから約200km北上し、首都アンマンの横を通りイスラエルに再入国しエルサレムに向かいました。エルサレムは想像以上に宗教都市また聖地として威厳があり、御言葉の故郷と希望と喜びの優しさをもった町でした。

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(イスラエル旅行報告:松岡)


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2012.11.11 23:48 | 証し
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