LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

第三日「あなたがたはいつまで二つのものの間に迷っているのですか。主が神ならばそれに従いなさい。しかしバアルが神ならば、それに従いなさい」 列王記上 18章21節
1.jpg

地中海沿いの町ネタニィアを出発、今日から本格的に「主の御あしのあと」をたどります。最初の訪問地はカルメル山。「神の人エリヤ」がバアルの預言者450人と戦った場所です。カルメラ山はオリーブ・くぬぎ・松・杉の木に覆われた、静寂な霊の息吹を感じた山でした。この山は、今回の聖地めぐりの中でも、聖霊様の導きによる感銘を受けた場所のひとつでした。

2.jpg

ここに建つ教会の屋上から見る、広大なエズレル平原と中心部に位置するメギドの丘は、ひっそりとその時を待つようでした。(ARMAGEDDON=ハルマゲドン=ハル・メギドすなわちメギドの丘)裁きの日では遅いのです。真の神を今選ばなくては永遠の滅びに行くのです。

3

さらに15kmの地点にあるナザレに向かいました。ナザレの町は海抜350mほどの盆地の町で、住民85000人その多くがアラブ人で占められています。クリスチャン人口は20%と言われていますが、確かな事は分からないそうです。風景とくに丘や谷が美しい活気のある町です。ここでイエス様が30年間ちかく過ごされたことに、ひと時の思いをはせることができました。ここには、カトリックの大きな受胎告知教会と、ギリシャ正教会の告知教会、さらにマリアの夫のヨセフを記念する教会が、受胎告知教会のわきに建っていたのも印象的でした。なによりナザレは、マリアが天使ガブリエールによって、神の御子イエスの受胎をうけた場所です。それは後に、イエス様を「ナザレ人イエス・キリスト」と私達がお呼びできる栄誉と特権を与えられる根拠となしてくださったのです(使徒行伝3章6節)

4.jpg
(ギリシャ正教会の受胎告知教会)
  
P9071419B.jpg
(カトリックの受胎告知教会)

三日目の最終目的地はナザレの南東10kmにあるターボ山(Mt Tavor)標高588mです。この山は別名「変貌の山」と言われています。皆さんご存知のイエス様が光り輝きモーセとエリヤの三人で語り合っていた山がここだと言われています。さらに女士師デボラひきいるイスラエル軍がこの山に陣をひき、カナン軍の戦車隊を破った場所でもあります。(士師記4章)山頂の眺めは広大で、この日は快晴で一面の原がみわたせる恵みにあずかれ感謝でした。ここには、19世紀初頭の修道院があり、周辺との一体感を深く感じさせる雰囲気があります。またここでの修道生活を自分に重ね思い、しばし俗世界を離れた感慨にふけりました。

5.jpg

第四日 「イエスは彼らに言われた「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。「すると彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った」。 マルコ1章17-18節
    
昨日から宿泊しているテペリアの町(テペリアは聖書に多く出てくる古くからの町)を出発し、山上の垂訓教会・五つのパンと二匹の魚教会・ペテロの召命教会・カペナウム・と回り、夕方からユダヤ人クリスチャンの礼拝に参加しましました。(土曜日礼拝です)ガリラヤ湖は東西南北13kmX21kmの淡水湖で多くの魚が獲れる湖です。この日の昼食に出たペテロの魚はへブル語でアムヌンといって、かってペテロやヨハネたちが獲った魚と同じものと言われています。湖畔を北にめぐってすぐに、小高い斜面に小さな集落が望めました。これがマグダラのマリアの出身地、マグダラ村である事を知りました。2千年前のときが止まり今に現れたような静かな集落です。

6.jpg

途中多くのオリーブ畑をみながら、バスは山上の垂訓教会に着きました。山上の説教は、木々がみどりにおおわれ野花が咲き乱れる丘で行なわれたのだと想像できました。なぜなら山上の垂訓教会は、まさにみどりにおおわれ野花が咲くまさにそんな場所だからです。山上の説教は八つの教えからなっており、それを表すようにこの教会は八角形の屋根をもっています。この教会は1938年にフランシスコ修道会が建てた立派で格調高い教会です。

7.jpg

パンと魚の奇跡教会は、5千人の給食の奇跡を記念する教会で、この教会の入り口に近い床には、五つのパンと二匹の魚をえがいた、素晴らしく見事なモザイクがはめこまれています。この教会は最初に建てられたのは紀元360年と言われていますから、その時代のモザイク画かもしれませんね。

P9071515B.jpg

パンと魚の奇跡教会から湖畔にむかってしばらく歩くと、ペテロの召命教会があります。イエス様から「私を愛するか」と三度問われ「私の羊をかいなさい」と言われた場所であり。153匹の大きな魚がイエス様の指示通り獲れた場所でもあります。個人的には霊的に非常に深い恵みを受けた場所です。

       9

イエスとペテロの主従のブロンズ像の前に祈る時、イエス様が私のうちなる人に呼びかけている御声を聞くことができました。イエス様は私にペテロと同じ質問をなされたのです。「主よ私はあなたを愛します。それはあなたがご存知です」。とお応えできたのです。教会内にある岩は、ひもじいペテロ達のために魚を焼きパンを与えた場所です。復活の主の思いやり・慈しみ・愛を見る事が出来ました。
       
P9081544B.jpg

このあとバスはカペナウムに向かいました。カペナウムはイエス様のガリラヤ伝道の根拠地とも言えるところです。イエス様が故郷ナザレから離れ、この町の会堂(シナゴーグ)で教え、ペテロの姑を癒し悪霊に取り付かれた者から悪霊を追い出し、二人の盲人の目を開いたのもこの地でした。イエス様のカペナウムを中心とした宣教活動と弟子訓練は、約20ヶ月間に及びました。

P9081578B.jpg

廃墟の発掘調査によって、ペテロやヨハネの住居跡、ペテロの姑の住居跡(教会が建っている)と言われている場所が見つかっています。右手奥には、シナゴーグの跡が原型に近い形で復元されていました。想像以上に広く200人以上は収容できる広さをもっています。ここでイエス様が神の国の福音をのべ伝え、おおくの癒しをなさっていた事に思いをはせる事が出来ました。この場所でローマ軍の百卒長の僕の癒しをなされたとも言われています。私達が福音を聞くとき、この会堂に集まった聴衆のように頑なに心をとざす事なく、自我を捨て与えられた恵みを感謝して受取る者となりましょう。

10

この後シリヤとレバノンとの国境地帯にある、中東戦争の激戦地ゴラン高原に向かいました。山頂からはシリヤとレバノンが目の前に見え、国境線には国連軍による緩衝地帯があり、いまなお緊張感が伝わってきます。山頂は塹壕のあとや兵器を使ったオブジェがあり平和を祈りました。

11

この夕刻は、ユダヤ人クリスチャンのスティーブ師の礼拝に参加する事ができました。ロシア系ユダヤ人が多く集まるこの教会は、民家を改造した家の教会であり、賛美も説教も熱気にあふれた若い教会でした。励まし連帯の訪問が、逆に励まされ多くの祝福が与えられました。さらなるユダヤ人宣教への支援の思いが与えられました。

P9081658B.jpg

(イスラエル旅行報告:松岡)


ブログランキングに参加しています。クリックで応援してください
2012.11.02 22:10 | 証し
| ホーム |

FC2Ad

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.