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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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靴屋のマルチンは ひとりぼっちで淋しく住んでいました。彼の最愛の妻は、病気のために早くに死んでしまいました。それからは、残された一人の息子とふたりで生活していましたが、その息子も病気のために死んでしまったのです。マルチンは何のために生きているのか、生きる望みもありませんでした。

ある日、いつものようにマルチンが仕事をしていると、入り口から見かけたことのない人が入ってきました。その人は旅を続けている老人でした。どうしたことか、マルチンはこの老人に自分の受けた不幸を話し、自分は何のために生きているのかわからない、神様なんかいないと語りました。老人はマルチンの話を泣きながら聞いてくれました。そして、「それでも神様はあなたのことをご存じですよ」と言いながら、聖書を一冊残して、「これを毎日読み、神様にお祈りするといい」と教えてくれました。 マルチンはそれから一生懸命に、神様のことを考え、聖書を毎日読んで「神様がもし本当におられるのでしたら、私の所に来てください」と祈るようになりました。

ある日のこと、遅くまで聖書を読んでいると、確かにだれかの声を聞いたように思いました。 「マルチン、マルチン。明日、通りをよく見ていなさい。お前の所に行くからね。」マルチンは目をこすって、驚いて立ち上がりました。「これは夢だろうか。それとも神様のお告げなのだろうか。」 翌朝、マルチンは昨晩の出来事を思い出しながら、神様を迎えるために、ストーブに火をつけ、お湯を沸かし、部屋を暖かくしました。それから仕事をはじめましたが、昨晩のことが気になって、なかなか仕事に身が入りません。目が通りの方ばかり見てしまいます。

すると、手にシャベルを持った老人のステパノが、マルチンの靴屋の前を通りました。ステパノはシャベルにもたれて、ぼんやり立っていました。彼は、お情けで隣の商人の家に養われているおじいさんでした。「年をとって疲れきっているので、雪をかく力も無いんだな。」と思い、マルチンがステパノに手招きをして、ドアを開けると、凍えた老人が中へ入って来ました。「暖炉のそばでお茶でも飲んで、温まると良いですよ。」と、マルチンが声をかけました。二人でお茶を飲んでいると、マルチンが、外を気にしてばかりいるのを見て、ステパノが、「誰を待っているのですか?」と尋ねました。

マルチンは、気恥ずかしそうに、「誰を待っているのか、言うのも恥ずかしいことですが、昨晩私が、いつものように聖書を読んだ後、祈りつつ、うとうとと眠りこけていると、『マルチン!明日通りを見ていなさい。私が会いに行くから。』と言う声が聞こえたのです。『私も老いぼれて、やきが回ったかな!』と、思いながらも、こうして主(イエス様)を待っているのです。主(イエス様)は、方々を歩き回って、どんなに身分の人をも、見下げることなく、かえって弱い人たちとばかり、一緒にいたのです。神様の子でありながら、しもべの様に人々に仕えて、弟子の足を洗い、人間の苦労を背負って、十字架におつきになったのです。しかも、罪深い私たちを愛してのことなのです。そして、『イエス様は貧しい者、悲しんでいる者、へりくだっている者こそ、神様の国では、幸せな者なのです。」と、おっしゃって居られるのです。」と答えました。すると、ステパノは、お茶のことも忘れ、じっと腰掛けて聞いていましたが、知らないうちに、涙がぼろぼろと、頬を流れていました。「ありがとう、マルチン。 おまえさんは私にご馳走して、心も体もすっかり養ってくれました。」そう言うと、ステパノはゆっくりと外へ、出て行きました。

外はすっかり冷えきって、風が少し強くなってきました。そんな中、みすぼらしい身なりをして、子供を抱いた見知らぬ婦人が、マルチンの窓の前を通り、建物の間で風の方に背を向けて、立ち止まりました。凍える子供を何とか包んで暖めようとはしていますが、着ている物は粗末な夏服だけで、包み込む物も無い様子でした。マルチンは、「どうしてこんな寒い中、赤ちゃんを抱いて外になんか立っているのですか?暖かいから中へお入りなさい。赤ちゃんも温まれるよ。さあ、遠慮をしないでお入りなさい。」と、暖炉のそばに、婦人を座らせました。そして、マルチンが、食卓の方へパンとシチューを取りに行き、テーブルを整えて、その上に並べて、「さあ、これを食べて暖まりなさい。赤ちゃんは、私が見てあげますよ。私にも昔、子供がいたから子守りぐらいはできるからね。」と言うと、婦人は頭を下げ、夢中に食べ始めました。

婦人は、少し落ち着くと、「わたしの夫は兵隊に取られて、もうかなり経つのですが、8ヶ月前に遠方にやられて以来、連絡が絶ってしまいました。それ以来、メイドをして暮らしていたのですが、小さい子供がいては、なかなか使ってくれる人が居ません。私は、これでもう3ヶ月、仕事もなしにうろついていたのです。家主のおかみさんは、可愛そうに思って、部屋に置いては下さるのですが、持っていた物は残らず食べてしまい、1枚の残っていたショールも、昨日、質に入ました。冬着もない始末で、この子にも、寒い思いをさせてしまっているのです。」と、身の上話をしました。すると、マルチンは子供を婦人に返し、奥の方へ行き、古い冬着を1枚、見付けて来て、「古着ですが、赤ちゃんを包むぐらいの役には立つでしょう。」と、差し出しました。婦人は涙ぐんで、「ああ、おじいさん、主(イエス様)が、あなたを祝福してくださいますように。きっと主(イエス様)が、私をこの窓の前に導いて、おじいさんが外を見るように導いて下さったのです。」と言うと、マルチンは、照れくさそうに笑んで、「ああ、確かに主(イエス様)のなさったことだよ。私が窓を見ていたのには、ちゃんと訳があったからね。これでショールを買いなさい。」と言って、彼女に銀貨を与えました。婦人は何度も、何度もお辞儀をして靴屋を後にしました。

時間が過ぎて夕方になり、ふと外を見ると、物売りのおばあさんが、りんごの入ったカゴを肩に背負い、重いので背負いなおそうかと、カゴを地面において、一息ついていました。すると、どこからともなく現れた男の子が、売り物のりんごを1つ、掴んで走り去ろうとしましたが、あっけなく、ばあさんに襟首をつかまれて、捕まってしまいました。泣き叫ぶ男の子の髪の毛を無理やり引っ張って、男の子を交番に連れて行こうとしていました。すると、マルチンが二人の間に割って入り、男の子の手をつかみ、「まあ、おばあさん、後生だから、はなしておやりなさい。」と言いましが、「私は、ぶってから、この小さなごろつきを、交番に引き渡すよ。」と、おばあさんは、許す気配がありませんでした。泣きじゃくる男の子を見てマルチンは、「もうこんなことをしては、いけないよ。私が、このりんごをお前に買ってあげるからね。」 と言ってから、おばあさんにお金を手渡しました。

おばあさんは、子供をにらみつけてから、「あんまりごろつきを、甘やかすもんじゃないよ。こういう奴らは、ひどい罰を与えないと、また同じことを繰り返すだけさッ。」と言いました。すると、「まあ、おばあさん、私たちの考えは、そうかもしれません。しかし、神さまのお考えは、そうではないんだよ。もし、りんご1個のために、あの子をムチでぶたなきゃならないとしたら、私たちの罪のために、私たちは、何をされなければならないのでしょうか?主(イエス様)は、私たちの罪を赦すために、命までも下さったのですから、私たちは、どんな人の罪でも赦さなきゃいけないね。考えの足らない子供には、なおさらさではないのかな?」とマルチンが答えました。おばあさんは、子供を見ると、ふと息をつき、自分の子供のことを思い出して、優しい顔になり、「私たち年寄が、主(イエス様)のことを教えてやらなければ、いけないね。どうか神さま、この子をお守りください。」と言って、荷物を背負い、行こうとした時、「おばあさん、僕が持っていくよ。」と、男の子が荷物を背負って、おばあさんと二人並んで歩いて行きました。

マルチンは仕事を片付けて、すっかり暗くなった部屋の奥でランプを灯して、聖書を開くと、誰かが後ろにいることに気がつきました。「マルチン。マルチン。 あなたは私がわかるかな。」「だれですか?」と、マルチンが答えると、「ほら、これが私だよ。」と声がして、よく見ると老人のステパノがにっこり笑って立っていました。「ほら、これも私だよ。」と声が聞こえると、いつの間にか、子供を抱いた婦人の姿に変わっていました。そして、「これも、私だよ。」と、声がすると、そこには、おばあさんとりんごを1つ手にした男の子が立っていましたが、やがて、雲のように消えてしまいました。ふと、マルチンが開いた聖書の箇所に目をやると、そこには、このように書いてありました。

『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』   
マタイの福音書25章40節


昨晩の声は夢ではなく、救い主が自分の所に来てくださり、主(イエス様)を正しくお迎え出来たことを思って、マルチンの心は喜びで一杯になりました。

~トルストイ/愛あるところに神ありより~

(LVJCCブログ制作チーム: 薫)

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2015.12.21 00:00 | 信仰者シリーズ
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