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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今回よりシリーズで、「それぞれの歩み」と題して、教会員のこれまでの人生、クリスチャン人生にスポットを当てたインタビュー企画を始めます。
知っているようで知らないおひとりおひとりのこれまでの歩み。皆さん、いったいどんな人生を歩んでこられたのでしょうか。
この企画を通して、相互のコミュニケーションがより深まっていけばと願っています。

第1回目は松岡 幸夫兄です。


― 松岡 幸夫 (まつおか さちお) ―

当教会、交わり委員会担当
1949年1月19日生まれ 1月に還暦を迎えたばかりの60歳 東京都八王子市出身
1974年25歳の時に渡米 在ラスベガス35年
2005年7月受洗 10月みどり姉と結婚
松岡造園 社長 (702-460-6610)

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― 渡米まで ―

兄弟は2人の兄、3人の姉、私は末っ子で6人兄弟です。父は中野の陸軍憲兵学校の教官で、戦後、戦犯として公職追放され、八王子でパチンコ屋を営んでしました。それが1960年に潰れまして、神奈川県相模原市の実家に戻り、農家を継ぎました。養豚業で豚を200頭くらい飼っていたんですよ。

私も庭いじりが好きでよく手伝いました。それが庭師の仕事につながっていったのだと思います。
学生時代は、急進的左翼運動の真っただ中で私も色々と活動をしていて、革命家になろうと本気で考えていましたけどね(笑)。

一番上の姉は府中市の在日米軍極東司令部にタイピストとして勤務していました。英語が出来て頭の切れる姉でした。それで1965年にアメリカで商売をしようとラスベガスに渡り、Las Vegas BlvdとOakey Blvdの所にオリエンタルフードの店を開いたんです。

73年にはスターダストホテルの真向かいのサマセットマーケットの中に、カウンターのレストランと食料品のお店、74年にコマーシャルセンターの中に"Oriental Food of Las Vegas"という店を開きました。
これが繁盛しまして、手伝いに来てほしいと私に声がかかったのです。

25歳の当時、私はすでに結婚して2人の娘もいましたがフラフラしていました。渡米することにはそんなに抵抗なかったですね。姉とは仲良かったですし、30万円あげるからと言われたので。

その頃、ラスベガスの日本人はまだまだ少なかったです。UNLVの日本人留学生は2・3人でした。ジャパニーズ・レストラン「ベニハナ」の人達や米軍人と結婚して渡って来たご婦人方がよく買いに来てくださいました。サリー姉やテディ姉も時々いらしてましたよ。

― 造園業に ―

姉は「フジギフト」という御土産屋や「ベティ」という洋服店、宝石店なども開きました。
私はオリエンタルフードをまかされていたのですが、同時にガーデナー、庭師の仕事もやり始めました。
当時、日本人の庭師は10人くらいいました。日本人庭師のメンバーの家によく集まって、ポーカーをさせてもらっていました。その時に庭師の仕事について聞いて、それで庭師の仕事も良いなと思って始めたのです。

その後、姉の店が儲からなくなってきて、店を売って閉めることにしたんです。その時、78年にラスベガス・ヒルトンにガーデナーとして入りました。その後、サンズ・ホテルに移りましたが、朝6時から14時の勤務の後、自分でも仕事を取ってやっていました。それから独立したのです。

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― クリスチャンに ―

私の人生の転機が訪れたのは40代前半の頃です。
93年に、私をアメリカに呼び寄せてくれた、あの姉が61歳の若さで亡くなりました。
また、私自身も離婚しました。私の自己中心さと傲慢さの結果です。

私はギャンブルとお酒に溺れました。アル中にもなりました。そして2002年大量の吐血をし、入院しました。肝硬変でいつ死んでもおかしくない状況でしたが、なんとか助かりました。
集中治療室の中で、自分は生きているのではなく、生かされていることを感じました。
これを機に、ギャンブルもお酒もタバコもやめました。後から思うと、神様がやめさせてくれたのだと感じています。その時は、何か分からない、直感的・予感的のもののように感じていました。

それから2005年4月に、ある方の紹介でみどりさんと出会いました。その時にその予感的なものが現実になったと感じました。
そして、すでにクリスチャン、この教会の教会員であった彼女に連れられて礼拝に行き、6月から入門者クラスを受け、7月に信仰告白、そして洗礼を受けました。
2人の娘もクリスチャンになること、再婚することに大賛成してくれました。

キリスト教については、たしかに初めは教理に矛盾があるのではなどと疑問に感じましたよ。根付くには1・2年かかりましたが、学生時代から思想や本を読むことは好きでしたから、聖書の勉強も面白く取り組めました。
今の若い人には特に、早く聖書、神に出会ってほしいですね。

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― これから ―

クリスチャンになって一番変わったのは、自分の本質的なものですね。自己中心ではなく、神様を第一にするように考えるようになりましたね。また、信仰によって本当に平安が与えられるようになりました。

伝道は、これからもどんどんやっていきたいです。お客さんにも教会のことをお話しているんです。あんまりやり過ぎるとお客さんが減ってしまいますが、ラスベガスの日本人全員に福音を伝えるのは私達の使命ですからね。ラスベガスには4000人ほどの日本人、日系人がいますので、教会もいずれ100人くらいの大きい教会になっていくと思います。

仕事は儲けというより安くて誠実な仕事をより心がけるようになりました。
仕事ができるのはあと15年ほどかなあと考えますが、体の動く限り続けて、聖書の学びはずっと続けて教会に奉仕していきたいです。もし寝たきりになったとしても充実した思いで過ごせると思いますよ。どんな状況でも祈りだけは続けていけますからね。

(聞き手: ブログ制作チーム 堀田)
2009.02.06 14:47 | それぞれの歩み
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