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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

井深

井深八重は会津藩家老の家柄に生まれましたが、母は幼い時に他界し、父は国会議員で家にいることも少なかったため、明治学院学長だった父方の叔父、井深梶之助の家に物心ついてから預けられました。そこで何不自由なく英才教育を施されて育ち、同志社女学校を卒業後、英語教師として長崎の県立女学校へ赴任します。

しかし、長崎での生活が1年過ぎて多くの女生徒たちから慕われていた頃です。八重の肌に赤い吹き出物のような斑点が幾つも出てきました。福岡の大学病院で精密検査を受けると、当時最も恐るべきハンセン病と診断されてしまったのでした。

当時、この病気は遺伝病という誤った俗説があり、恥ずべき病とされていたため、名門井深家からハンセン病者を出すことは一族の重大事件でした。八重は病名をふせられたまま御殿場の「神山復生病院」に隔離入院させられ、また勝手に井深家から籍を抜かれ、名前も変えられてしまいました。

八重が入院した病院は、フランス人のレゼー神父を病院長とするハンセン病専門の病院でした。しかし、医者はレゼー神父以外にはおらず、看護婦も皆無で、比較的軽い患者が重い患者の世話をしている有様でした。入院後3ヶ月間は自分の身におきた事に絶望し、将来の夢も結婚もすべてを失った絶望から自殺を考えたことも度々でした。そして、毎日泣いて過ごす日々を送りました。しかし、気持ちが少し落ち着いてきた時、八重は病院内の光景に不思議な思いを持ちました。

何故なら、笑顔で患者たちに接し、自分も感染するかもしれないのに素手で患者をなでさするレゼー神父と、患者たちの明るい姿を見て、八重は思いもよらぬ世界がここにあることに気づき始めます。

「もしかしたら、この世で生の望みを絶ったはずの彼らが新たな生の意味に目を開き、神の手に身を委ね、決して空ではない確かなものをつかみとろうとしているのではないのか。」 

八重は、軽患者としてレゼー院長を手伝い、多くの患者の看護に努め、絶望と戦いながら重苦しい一年を過ごしたのでした。また、この時期に八重は信仰に導かれました。レゼー神父は毎週日曜日施設の一室で礼拝をしておられました。そこに集まる患者さん達は絶望の底にいる人達であるはずなのに、きらきらと輝いて賛美をされていたのです。八重はこの人々を輝かせ、生かしているものは何なのだろうと、レゼー神父に問いました。レゼー神父の答えは「患者さんたちが持っているもの。それはイエス・キリストです」と答えました。そして八重も福音を受け、イエス・キリストを信じる信仰を持ったのです。

八重がハンセン病と診断され、神山復生病院に入院して一年が過ぎたとき、八重の醜い肌の斑点が不思議に消え、女性の肌の美しさが蘇ってきたのです。レゼー院長の勧めで東京の専門病院で精密検査を受けると、八重のハンセン病は誤診であったことが判明したのでした。レゼー院長はこのことをとても喜び、「この病気でないことが分かった以上、あなたをここにお預かりすることは出来ません。自分で将来の道をお考えなさい。もし、日本にいるのが嫌ならば、フランスへ行ってはどうか。私の姪が喜んであなたを迎えるでしょう。」とまで言ってくれました。

一転して絶望の底から救われた八重でしたが、なぜか素直に喜んではいけない気がします。今自分がこの病気ではないという証明書を得たからといって、今更、大恩人のレゼー神父や、気の毒な病者たちに対して踵をかえすことができないと思ったのでした。また、入院する前の自分が身をおいていた生活には心引かれるものはありませんでした。八重は病を通して、キリストによる普遍的な価値観を知り、いずれは過ぎ去るこの世の事にもやはや心を惑わす事はありませんでした。

八重は、「もし許されるならばここに止って働きたい。」と答えます。やっと解放された病の恐怖に、今度は自分から飛び込んでいこうというのです。こうして八重は看護婦免許を取得すると、正式に神山復生病院の看護婦として奉職しました。それからというもの、老院長を助けて患者の看護は勿論、病衣や包帯等の洗濯から食事の世話、経営費を切り詰めるための畑仕事、義援金の募集、経理まで、病院のためなら何でもしました。

やがて救ライ事業に生涯を捧げた八重の労苦が世に認められるようになり数々の賞を受賞しました。1959年復生病院創立70周年にローマ法王ヨハネ23世から表彰され、日本では黄綬褒章が授与されました。さらに1961年には国際赤十字から看護婦の最高名誉ナイチンゲール記章を受章したのでした。

しかし、彼女が受けたもっとも価値ある賞は、患者たちから「母にもまさる母」と慕われたことであり、また天国で受ける神様のご褒美であった事でしょう。

1989年、八重は91歳で永眠しました。自分がハンセン病との誤診を受けたことについて、彼女はこのように語っていたといいます。

「自分がここにいることは恵みです。神様からこの場を与えられたことを感謝しています」

(ブログ制作チーム: kao)

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2015.06.15 00:00 | 信仰者シリーズ
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