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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、‘親友’ということを考えてみました。

最近ふと気づいたことですが、近頃は‘親友’という言葉をあまり聞かなくなったような気がします。昔はもっと頻繁に‘親友’という言葉を耳にしていた記憶があります。それが何故なのかを考えてみると、おそらく‘親友’と呼べる相手が少なくなったからではないかと思います。それには色んな理由があるでしょうが、そういう関係作りに適さない環境が世の中に広がっていることが考えられます。

たとえば、そのひとつの例として、コンピューターの発達に伴い、コンピューター・ネットワーク上でのコミュニケーションが急速に増え続け、膝を交えた人との関わりが著しく減少していることが、人格的な関係作りを困難にし、‘親友’と呼べるまでの関係作りに至らないのかも知れません。

ところで、‘親友’とは、どういう友を指すのでしょうか。私なりに色いろ考えてみました。まず‘親友’とは、心から理解し合える友と言えるでしょうか。私には、たとえ遠く離れていても、本当に心を通わせ合うことのできる親しい友が4、5名いますが、その中でも特に心から理解し合える‘親友’がいます。彼は、神とは全く無縁の者であった私をクリスチャンに導いてくれた、いわば永遠の命の恩人ですが、日本とアメリカで滅多に会えない状況にありながら、互いに心から理解し合える関係はいつまでも変わりません。また、彼の事を考えると、‘親友’とは、最も心を許せる友、一緒にいて一番心が和む友と言ってもいい気がします。あまり多くを語らなくても、お互いに解り合えている、という確信があるのです。

あるいは、‘親友’とは、特にクリスチャンである者にとっては、自分の立場や思いや損得を乗り越えて、神が持っておられる計画にしたがって誓い合う友情関係であると言えるでしょうか。まさに旧約聖書のサムエル記(上)に登場するダビデとヨナタンがその良い例です。

聖書の中でも、これ程までに純真な友情関係はあまり見ることができません。イスラエル王国の初代の王であったサウルの子ヨナタンは、勇敢で、大胆かつ思慮深く、生き生きとした魅力あふれる若者でした。ヨナタンは、王子として、王位継承権第一位にある人でした。サウル王の長男であり、実力も人格も兼ね備えたヨナタンが王位を継ぐことに誰一人異論を唱える者はありませんでした。ところが、ここに大きな問題が生じるのです。それはダビデの登場です。ペリシテとの戦いで頭角を現したダビデの存在は、次第にサウルの王位を脅かすまでになってしまうのです。そのためにサウル王はダビデを憎み、殺意を抱くようになります。そこで、普通ならば、ヨナタンの立場としては、未来の自分の王位を守るために、父と共にダビデを退けようとするでしょう。しかし、ヨナタンは違ったのです。彼は、心からダビデを尊敬し、また愛し、父よりも、そして自分の未来の王位よりも、友人ダビデの上に神の計画が成ることを願ったのです。

ダビデとヨナタンは互いに友情の誓いを立てます。それは、「父サウルがダビデに危害を加えようとしても、ヨナタンはダビデに味方をする。また、たとえヨナタンが死んでも、彼の子孫はダビデが守る」という誓いでした。そして、ヨナタンは、その誓いを忠実に果たすのです。

ヨナタンは、やがてペリシテとの戦いで父サウルと共に戦死しますが、ダビデはヨナタンとの誓いを忘れませんでした。ダビデは、結局、神の計画に従って、サウル王家から王位を奪うことになるのですが、その際、反乱のもとになりかねないヨナタンの子メフィボシェテを厚遇します。このメフィボシェテは、のちにダビデ王に対するアブサロムの反乱が起こったとき、不審な動きが伝えられましたが、ダビデは敢えて彼を処罰しませんでした。「ヨナタンの子孫を守る」という誓いを立てていたからです。

ヨナタンとダビデの友情は、単なる好き嫌いの感情に基づくものではなく、「誓い」という約束によって確かにされ、また保持されたものでした。それは、信仰という、神と人との人格的な関係が、感情の問題ではなく、神との約束による事柄であるように、「誓い」に基づく人格的な友情関係も、感情という不確かなものにではなく、確かな約束に基づくべきものなのです。

今日の一言: 親友を作ろう


平安
鶴田健次



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2012.09.01 09:00 | 鶴田健次牧師より
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