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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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第2次世界大戦中に多くのユダヤ人をナチスから救ったオランダ人クリスチャン、コーリー・テン・ブーム。「私の隠れ場」の著者でもあり、「神の愛と赦しのメッセージ」の伝道者です。

敬虔なクリスチャンのテン・ブーム家は1837年に時計店を開き、店の2階を必要のある人々の為の「オープンハウス」としました。コーリーのおじい様にあたるウィリアムは1844年からその家でユダヤ人とエルサレムの平和の為に祈る祈り会を毎週持ちました。その中にはコーリーのお父様にあたるキャスパーがおられましたが、この祈り会はキャスパーとテン・ブーム家がナチスに連行されるまでの100年間続けられていきました。テン・ブーム家がユダヤ人とエルサレムの平和の為に祈った祈りの答えは、この後、試練を持って知る事となりました。

テン・ブーム家は自分達の家を、いつも助けを必要としている人たちの為に解放していました。「あたたかいもてなし」がテン・ブーム家のシンボルでした。第一次世界大戦の終わりに、ドイツがひどく困窮し飢餓に陥った時、父キャスパーは救済活動を起こし、100人の孤児をドイツからオランダに連れてきて、時計職人の家族に引き取ってもらい、自分達の家族にも多くの困った人を引き取りました。その後、母は昇天し、兄、姉は結婚し家を出ていきました。残された父キャスパーと姉ベッツィー、コーリーは、3人で住むには広くなった家をどうする事が神の御心なのかを祈り、その頃、東インドからオランダへ高等教育を受けに来ている若者を里子として引き受け、育てました。彼らは7年の間に17人の10代の若者を預かり共に暮らしました。

1940年にオランダへナチスが侵略を開始してからは、温かいもてなしは、ユダヤ人やオランダの地下運動者にも同じように提供されました。テン・ブーム家がしている事は、自分の命に関わることである事はわかっていましたが、この事には神の導きがある事をいつも思っていました。1942年テン・ブーム家は地下運動を始めました。彼らはこの働きが危険な事は重々承知していましたが、ユダヤ人が神の選民、神の瞳であり、彼らと親しくし、ナチス政権の殺人的な憎しみから保護する事は自分達の責任であり、特権であると考えていました。彼らのこの言動は突発的なことではなく、3世代以上にわたり100年間祈られたユダヤ人に対する祈りと献身でした。

1943年から1944年にかけては、テン・ブーム家にはたいてい7人もの不法のユダヤ人や地下運動員が暮らしていました。彼らは自宅に秘密の隠れ場を作りました。隠れ場は、コーリーの寝室の本棚の後ろに造られたのです。彼らの家は2つの家をつなげて改装されていた為、隠れ場を造るには理想的な条件がそろっていました。逃れ場の必要な人々はテン・ブーム家に数時間、または数日の間、別の「安全な家」が見つかるまで滞在していました。コーリーはハールレムの地下運動のネットワークのリーダーになり、一旦隠れるようになった人々の世話をするためにほとんどの時間を費やしました。 これらの活動を通して、テン・ブーム一家とその多くの友人たちはおよそ800人のユダヤ人の命を救い、地下運動員を保護しました。

1944年2月28日、キャスパーの家族は裏切られ、ゲシュタポ(ナチスの秘密警察)が家を強制捜査しました。ゲシュタポはわなを仕掛けて1日中待ち、その家に来た人を残らず逮捕しました。夕方までに20人以上の人が監禁されました。 キャスパー、コーリー、べッツィーは皆、逮捕されてしまいました。コーリーの兄ウィレム、姉ノーリー、それに甥のぺーターもその日はその家にいたので、牢獄に連行されました。ゲシュタポはその家の隅から隅まで捜査しましたが、コーリーの寝室に設えた偽りの壁の裏に安全に隠れていた、ユダヤ人の男性2名と女性2名、それに2名のオランダ地下運動員を見つけることはできませんでした。その家は包囲されていましたが、2日後に隠れている人々は逃げる事ができましたが、ナチスの兵士たちがテン・ブーム家で地下運動関係の物と余分な配給券を発見したので、テン・ブーム一家は投獄されてしまいました。

投獄された時、コーリーはひどいインフルエンザで、その後悪化し、急性肺炎になり、汚い暗い独房生活を強いられました。彼女が生き延びる為にした事は、毎瞬、神に信頼する事でした。父キャスパー(84歳)は、シュベニゲンの牢獄に移されてから僅か10日後に天に召されました。キャスパーがユダヤ人を助けていると自分が死ぬ事になるかもしれないと尋ねられた時、「神の古代からの民のために自分の命を捨てるのは、栄誉だ」と応えています。

コーリーとベッツイーは10ヶ月の間、3つの異なる牢獄で過ごしましたが、最後の場所はドイツのベルリンに近い、悪名高いラベンズブルック絶滅強制収容所でした。強制収容所での生活は耐え難いものでしたが、コーリーとべッツィーは投獄されていた人々とイエスの愛を共に分かち合って過ごしました。その酷い場所でも、コーリーとべッツィーの証しゆえに、多くの女性がクリスチャンになりました。ラベンズブルックの収容所には3万5千人の女性の収容者がいましたが、400人の宿舎には1400人が詰め込まれ、動物のような扱いを受けました。そこは不潔のきわみで、害虫や病気を運ぶしらみが蔓延していました。しかしその為、看守が宿舎には近寄らなかったので、1日に2回、禁断の書と呼ばれていた聖書を用い、聖書勉強会を宿舎で開く事ができました。また、彼女達は栄養失調にかかっていましたが、強制労働を強いられる時もありました。。その頃、60歳近くになっていた姉ベッツィーは病弱だったのですが、働きが遅いと言い、看守がひどく姉を殴る事があったのです。怒りにふれるコーリーを人々が抑えましたが、痛めつけられ血だらけになった姉はコーリーに向かいこう言いました。

「ダメ憎んではいけないコーリー。絶対、愛して赦さなければならない」

彼女達は地獄のような生活を強いられていましたが、ベッツィーは天国と特別に繋がっているかのようでした。姉は残りの時間をコーリーが霊的に物事を捉え続ける事ができるように、神の強さによる信仰、愛、赦しの力を求めました。ベッツィーはその後、どんどん衰弱し、天に召されましたが、その顔は強烈な喜びと平安にあり、若くさえ見えました。

4名のテン・ブーム家の人々が命を捧げましたが、コーリーは絶滅強制収容所から生きて戻ってきました。彼女は自分の命は神からの賜物だと悟って、自分とべッツィーがラベンズブルックで学んだことを共有する必要があると強く感じていました。「神さまの愛が届かない地獄の穴などありはしない。」「神は敵を赦すことができる愛を与えてくださる」 53歳の時、コーリーは世界中に向けたミニストリーを開始し、その後の32年間に60カ国以上を訪問しました。彼女は神の愛について証しをし、「イエスは勝利者」というメッセージで出会った人々を皆励ましました。

伝道活動をする中で「私があなたを赦したように、赦しなさい」というメッセージをいつも中心に伝えました。このメッセージが彼女の信仰生活の核心でした。また、「本当の赦しは自分の敵を赦せた時にこそおこる」「憎しみを心にとどめてはいけない」とメッセージしましたが、彼女自身、何度も「赦し」の試練を神から与えられました。ある集会で、収容所で姉が死にそうな時に非常に冷酷だった看護婦が自分のメッセージを聞きに来ているのに気がつきました。その婦人はコーリーの目を見る事ができずにいました。コーリーの心に冷たいものがあふれてきました。「自分にはこの女性を愛し赦すことなど出来ない。主よ私には赦さなければならない事はわかっています、しかし私には出来ません!」と祈りました。その時、ローマ書5章5節の御言葉が与えられました。

「わたしたちに賜っている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである」

コーリーは祈りました。
「父よ、わたしのうちにあるあなたの愛が、私の心にある憎しみと苦々しさより強い事を感謝します」と祈り、同時に彼女を赦せる事を確信しました。後の集会で、コーリーは彼女の救いの為に、ともに祈り、この婦人は救われました。

後にコーリーはこの時の事を、こう述べています。
「あなたには奇跡がわかりますか?憎んでいたその私が神に用いられ、彼女がイエス・キリストを受け入れ救われるに至ったのです!」

神の僕、コーリ・テン・ブームは91歳で天に召されました。その日は彼女の誕生日でした。ユダヤでは、自分の誕生日に死ぬ事は大きな祝福であると言われています。ユダヤ人の救いの為に生きてきたコーリーにふさわしい、天への凱旋です。

(LVJCCブログ制作チーム:薫)

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2012.07.04 16:53 | 信仰者シリーズ
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