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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日はレーナ・マリアをご紹介します。お名前を聞いてご存知の方もいらっしゃると思います。そうです彼女は、1998年の長野パラリンピックの開会式で歌った事もある、ゴスペルシンガーです。レーナの生涯を通じて、神様が愛してくださるように自分を愛する事の大事さを、とても感じました。どうぞ皆様もレーナから大きな励ましを受けてください。

1968年スウェーデンに一人の女の子が生まれました。女の子の名前はレーナ・マリア。彼女は生まれつき両腕がなく、左足も右足の半分ぐらいしかないという重度の障害者として生まれました。しかし、彼女自身の言葉を借りれば「両親は、私を障害者レーナ・マリアとして育てず、ひとりの娘レーナ・マリアとして育ててくれました。そして、いつも『あなたは価値ある存在です。私たちは貴女をとても愛しています』と言って育ててくれました。そして、それ以上に神様が私を愛してくださっていることや、私には神様の特別な御計画がおありになるから、他の人と違う形に造られたということを、常に話してくれました」といいます。
 
このように両親の愛と神様の愛を豊かに受けて育てられたレーナは、何に対しても前向きに、臆することなく、大胆に、自分のための神様の特別な計画を追い求めて生きるチャレンジングな少女、そして女性へと成長していったのでした。特に彼女が小さい頃から興味を持ち、やがて人並み外れた頭角を現したのが水泳と音楽でした。3歳の時から水泳をはじめ、高校生の時にハンディキャップ・スイミングの全国大会で、彼女はスウェーデン新記録を出すなど次々と好記録を出し、1986年の世界障害者選手権の代表選手に選ばれると、なんとその大会でも50m背泳と自由形で金メダル、100m自由形では銅メダルと活躍しました。続くヨーロッパ障害者選手権大会では四つの金メダルを独占し、1988年ソウルで開かれるパラリンピックの代表選手に選ばれました。
 
しかし、レーナはパラリンピックの為に全生活が水泳の練習に染まってしまった事が彼女の本位ではなかった為、本気で水泳をやめてしまおうと思うほど真剣に悩みました。そんなある夜、ついに彼女は「あと一週間泳いだらやめよう」と決心をし、訳なく涙を流していました。ところが、ちょうとその時、不思議な電話がかかってきたのです。
 
「お元気ですか、レーナさん。わたしは今、神様からあなたに電話をするように示されたので、夜遅くて失礼かと思いつつも、お電話をさせていただきました」 
 
電話の主は、いつも彼女のために祈ってくれている教会の婦人からでした。

「辛いこともあると思いますが、神様はいつもあなたと一緒にいて下さいます。だから、水泳の練習がんばってね」 
 
婦人からの電話はすぐに切れてしまいました。レーナは、自分のための祈ってくれている人がいるという事実に厳粛な思いがしました。そして、「自分が泳ぐ目的は賞を取ることではない。障害者の自分がどうしてこんなに積極的で、いつも喜んでいられるのかを周りの人々にお話しするためだ」と考えられるようになり、肩の力が抜け、心も明るさを取り戻すことができたのでした。

ちょうどその頃、国営テレビでは「目標に向かって」という彼女の特集番組を放映しました。レーナにもっとも期待されていたのはバタフライで金メダルを取ることです。しかし、競技の前日、アクシデントが起こりました。競技の参加者数が少ないために競技そのものが中止になってしまったのです。しかし、レーナの心は平安でした。その他の競技でメダルを取ることはできませんでしたが、それぞれ入賞を果たし、彼女は満足でいっぱいでした。
 
パラリンピックが終わって、レーナは水泳生活に終止符を打つことにしました。実は、彼女は幼稚園の頃から教会の子供聖歌隊に入るなど、歌うことが大好きな女の子でした。そして、高校も音楽高校に進み、大学は103人に6人しか合格しないという超難関のストックホルム音楽大学に進んでいました。が、水泳の練習ために音楽の勉強や練習が十分にできませんでした。それで水泳競技から引退した彼女は、さっそく音楽の勉強と練習に打ち込み始めるのです。

レーナは大学の仲間と結成したゴスペルグループの練習に打ち込み、いろいろな教会から招かれて歌っていました。そんな時、パラリンピック開催中に放映されたレーナの特集番組「目標に向かって」が再放送されるのです。これがスウェーデン国内はもとより北欧各国やヨーロッパでも放映されたいへんな反響となり、そのビデオテープは世界中で紹介されることになりました。

日本でも1991年にニュース・ステーションという番組でレーナ・マリアのことがはじめて紹介され、その翌年には来日してコンサートを開きました。以来、彼女はたびたび来日し、素晴らしい歌声と信仰の証をもって、私たちを感動させてくれています。初来日の時、彼女は最後のコンサート会場で日本語の歌「一羽の雀に」を暗記して日本語で歌って下さいました。
 
一時はパラリンピック出場をやめ、音楽に専心しようかと真剣に悩んだ彼女でしたが、「すべてのこと相働きて益となる」とはこのことです。遠回りのようですが、苦しい思いを乗り越えてパラリンピックに出場したことが、世界で活躍するゴスペル・シンガーとしての道を開いたのでした。

ある記者が彼女に「貴女は自分の体の障害のことを悲しいと思ったことはありませんか」と訪ねました。レーナは答えました。「少し不便だと思ったことはあります。でも悲しんだり落ち込んだりしたことは一度もありません。神様は何か目的があって私をこのように造られたのだと思います。ですから、その目的が何であったのか、これからが楽しみです」

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2015.08.03 00:00 | 信仰者シリーズ
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