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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、‘死’ということについて考えてみました。

ある一人息子の少年が不治の病にかかっていました。来る日も来る日も、母親は、医者が診断した怖い最後に息子が気づかないことを期待しながら、優しく彼を看病し、本を読んで聞かせ、一緒に遊んであげました。しかし、時が経つにつれ病状は悪くなる一方で、彼も次第に窓の外で遊んでいる他の男の子たちのようにはなれないことを考え始めていました。そして小さいながらも、死という言葉の意味を理解し始め、また自分が死のうとしていることも子供ながらに知っていました。

ある日、少年の母親は彼に、ランスロットとグイネヴィアとアストラットのエレイン、そして、多くの騎士が死を迎える最後の栄光の戦いなどが描かれた ‘アーサー王と円卓の騎士’という感動的な物語を読んで聞かせました。

彼女が読み終わって本を閉じると、少年は、まるでイギリスの古い物語の召集ラッパに深く感動したかのように、しばらく黙って座ったままでした。それから、子供心にずっと重荷になっていた質問をしてきました。「お母さん、死ぬってどんなことみたい? お母さん、それ痛い?」 またたく間に彼女の目は涙で一杯になり、それに気づかれまいと、彼女は料理中のものがあるかのようにして台所に逃れました。

彼女は、それが深い重要な意味のある質問であることを知っていました。また彼女は、それが満足に答えられなければならない質問であることも知っていました。そこで彼女は台所の食器棚に手をつき、青ざめる思いでその滑らかな表面を両方の拳で押しながら、子供の前に崩れ落ちないように、また子供にどう答えればいいかを示してもらうために、ちょっとの間、必死で神に祈りました。

すると神はすぐに彼女に答えを示され、そこで彼女はそれをどう彼に説明すればいいかを知りました。

彼女は、平静を装い、子供のいる部屋に戻ると言いました。「ケネス、あなたがちっちゃな子供だったときのことを覚えてる? 一日中、元気に外で遊んで、夜になると服も脱げないほど疲れて、お母さんのベッドに転がり込んで寝てしまったことがよくあったでしょ? そこはあなたのベッドじゃなく・・・、そこはあなたのいる所じゃなかったので、少しの間しかそこには居れなかったの。朝になって目が覚めると、思いがけないことに、あなたは自分の部屋の自分のベッドの中にいるの。あなたがそこにいたのは、誰かがあなたを愛していて、あなたのお世話をしてくれたからなの。あなたのお父さんが来て、その太い腕であなたを抱いて運んでくれたのよ。ケネス、死というのは、ちょうどそんなようなものかな。私たちは、ある朝、目が覚めて、自分たちが違う部屋に居るのに気がつくのよ。私たちが本来いるべきところに。なぜなら主が私たちを愛して運んでくださるから。」

神を信じる者に約束された天国の比喩を理解できた少年の顔は輝きを見せ、信頼の心で母親を見上げながら、もはや恐れも何もないことを彼女に伝えました。

この少年のようでなく、たとえ健康で元気な人でも、死は必ずいつかあなたのところにやって来ます。そのときに、あなたは天国にあなたを運ぶことのできる方を知っていますか? あなたの大切なお子さんに、「死ぬってどんなことみたい?」と聞かれたら、あなたはちゃんと答えてあげられますか? 子供だけでなく、あなたの大切な人が死を前にしているときに、黙って立ち尽くす代わりに語るべき希望の言葉があるとしたら、あなたはそれを語れる者になりたいとは思いませんか?

今日の一言: 死に打ち勝つ道がある


平安

鶴田健次
2011.11.07 21:15 | 鶴田健次牧師より
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