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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、‘ゴミ捨て場の思考’ということについて考えてみました。

ある哲学者が、「あなたが現在の状態にあるのは、あなたが意識的にせよ、無意識にせよ、それを望んだからだ」と言いました。この考えには、もちろん例外はあるとして、基本的に私は賛成です。

以前、私がまだビジネスマンのころ、ロサンゼルスから車で二時間ほどの郊外にある会社を訪ねたことがありました。その会社は分かりづらい所にあって、最初は100人中98人までが迷うそうで、途中で分からなくなったら電話を下さいということでした。しかし、私は方向感覚には比較的自信があったので、100人中の2人になろうと思って行きました。

ところが、途中で道路工事が行われていたので、私は止む無く別の道を通ることになり、そのために(?)完全に道に迷ってしまいました。約束の時間もあったので、私は近くにあったガソリンスタンドに駆け込み、適切な道を尋ねることにしました。

スタンドの店員は、快く教えてくれ、親切に地図まで書いてくれました。そして、その地図どおりに行けば、余裕をもって目的地に着くことができると保証してくれたのです。私はアメリカにも親切な人がいるもんだと気を良くし、地図どおりに車を走らせました。ところが、走っても走っても、地図にある目印のところに行き着きません。約束の時間が過ぎ、その会社に電話をすると、私は全く反対に向かって走っていたのです。もちろん、私は自分の意図でわざわざそこまで来たわけではありません。間違った方向を教えられたためにそうなったのです。

同じ事が、私たちの人生にも言えないでしょうか。一文無しであるとか、絶望状態にあるとか、憂鬱であるとか、家庭や仕事が上手くいっていないという、私たちの望まない現実があるとすれば、私たちは間違った方向に進むように教えられ、その‘ゴミ捨て場の思考’を持ち続けてきたのかも知れません。

では、この‘ゴミ捨て場の思考’とは、一体どういうものでしょう。
ある大都市の郊外で、もともとゴミ捨て場であった所に新しく立派なショッピングセンターが建てられることになりました。そこは長い間、誰もゴミ捨て場以外には考えてもみなかったところです。ところが、ある時、想像力豊かな市民が、そこを綺麗なショッピングセンターにしようと決めたのです。そこで、彼らはゴミを捨てるのをやめ、綺麗な盛り土を運んできて、長い間に蓄積されたゴミを覆うことにしました。相当な量の盛り土が何ヶ月もかけて運ばれ、完全にゴミを覆い尽くし、やがてその土台の上に立派なショッピングセンターが出来上がったのです。

この話は、誰かが過去に私たちの思考にゴミを投じてきたかも知れないことを考えさせてくれます。しかし、これまでにどんなゴミが投げ込まれていても問題ではありません。そのようなゴミはすべて克服することができます。そう決断するなら、私たちにとって、今日がこれから始まる人生の初日なのです。

栄養失調の人が、バランスのとれた食事をたっぷり食べても、一食だけでは完全な栄養状態を取り戻すことはできません。積み重ねが大事です。私たちがしなければならないことは、肯定的思考と正しい精神態度という綺麗な盛り土でゴミを覆うことです。そのためには、まず聖書を読む習慣を身に着けることです。日々、聖書を読み続ければ、章を進めるごとに深く深く、そのゴミをより奥へ埋めることができます。

今日の一言: 今日がこれから始まる人生の初日


平安
鶴田健次



2011.10.17 20:41 | 鶴田健次牧師より
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