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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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さて今日は、‘普遍的な希望’ということについて考えてみました。普遍的な希望というのは、周りの状況に左右されない、また何者(物)にも奪われない、永続的で不変的な希望です。

ある少年のこんな詩を読んだことがあります。この少年はキンジストロフィーという病気のために、若くして亡くなった少年でした。彼が亡くなる前にこの詩を書き残したのです。

たとえ短い命でも生きる意味があるとすれば、それは何だろう?
働けぬ体で一生を過ごす人生にも、生きる価値があるとすればそれは何だろう?
もしも人間の生きる価値が社会に役立つことで決まるなら、僕達には生きる価値も権利もない。
しかしどんな人間にも差別なく、生きる資格があるのなら、それは何によるのだろうか?


まさに、若くして死と向き合っているこの少年の魂の叫びです。そして、いったい誰が、この少年に、それでもなお生きていく希望を、また生きる意味を語ることができるのでしょうか。人間の思想哲学、また人生訓でしょうか。そのような、人間の限りある言葉で、死を超える希望を語れるのでしょうか。

あなたは、このように死を前にした人に希望の言葉を語ることができますか。その場しのぎの慰めではなく、本当の希望を語ることができますか。もしそれができるなら、あなたには希望があります。しかし、もしできなければ、あなたが死を前にしたとき、あなたには希望がありません。

短い命にも、長い命と全く等しい意味を与え、何かができてもできなくても、あなたの存在そのものに無限の価値を見出させ、それを裏付けるものがあるとしたら。また、すべての人に全く同じ生きる価値と権利と資格を与えるものがあるとしたら。そして、それが70年、80年の人生だけではなく、永続的に意味を成し続けるものであるとしたら。それが‘普遍的な希望’です。

そしてこの‘普遍的な希望’は、どんな悲劇からもあなたを立ち直らせ、どんな絶望にも明るい光を投げかけ、人間の最後の敵である死に対してすら、胸躍る喜びと期待を与えるのです。

自称クリスチャンのあなた、あなたは本当にこの希望を持って生きておられますか?
この大切な真理を知らない方に、この普遍的希望を証しておられますか?
今日は、この問いかけでメッセージを終わります。


今日の一言: 人は誰でも‘普遍的な希望’を持つ必要がある


平安
鶴田健次 



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2011.09.12 20:41 | 鶴田健次牧師より
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