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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

「愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。」(第一ヨハネの手紙 4:7-12)


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(羽田空港到着風景 この後すぐ余震が・・)

私たち家族は3月16日から4月4日まで日本に滞在しました。 3月11日の東北関東大震災から5日後の事でした。

出発前日、テレビでは福島原発が爆発する映像が写され放射能が漏れているというニュースが流れていました。ニュースを見た人達からは、旅行を延期した方が良いのではと進められましたが、私たち家族は日本の方達が経験していることを少しでも共有したい思いと、福音を命懸けで伝えたいという思いでアメリカを出発しました。日本で何かあっても、神により開かれたドアを進む覚悟でした。

そんな覚悟を決め乗りこんだ日本行きの飛行機はがらりと空いていました。飛行機は定刻通り飛び、地震の被害が比較的少なかった羽田空港に12時間あまりの飛行時間の後、降り立ちました。日本到着後、突如余震が起こりました。震度3くらいの小さい余震ではありましたが、これからの滞在中ずっとこういう余震が続くことになりました。

空港まで迎えに来てくれた家族と車で茨城県南部の実家へ行く途中、数多くの余震の為通行止めになっている高速道路がたくさんあり、私達が通るはずの高速道路も通行止めになっていました。

着いて最初の一週間はガソリンを得る為、ガソリンスタンドに多くの人がつめかけ長蛇の列が出来ていました。地震の影響でガソリンを運ぶ会社や道が被災し、ガソリンを運ぶ手段が乏しくなったせいだろうと思います。そして、これは私が聞いた話ですが、日中に営業しているガソリンスタンドへ並ぶ長蛇の列が交通の妨げになるので営業停止にする、などと警察署から警告されたとの事でした。そのせいか、ガソリンスタンドは夜中にオープンしたり、日中に開いていてもすぐ閉まったり、 また営業していない所が殆どでした。

事態は深刻で、水の配達もしてもらえず、市内のスーパー、コンビニエンスストア、自動販売機から一斉に水が消えました。幸いにも、両親の家には水のストックがあり、節約をしながら2週間ほど水の配達を待っていましたが、水の買い置きが無い人にとっては、店の在庫切れ、配達停止は予想外の出来事でパニックになってしまったようです。

ガソリンがなく外出を自粛していた1週間、私達は母と祖母に福音を伝える機会に恵まれました。ラスベガス教会でインターネットを通じスカイプを繋いでくださり、家族で祈祷会のメッセージを聞けた事は心から感謝でした。消防士をしている父は怪我をしてしまいましたが、ラスベガスの神の家族たちの祈りの中、順調に回復をしていきました。私達家族自身も、祈り求め、常に神と一緒にいるのだと感じることが出来、とても心強い伝道ができました。

2週間目には段々と生活が整っていき、ガソリンも並ばずに買えるようになりました。私達は教会の礼拝にも出席することがにも出向く事が出来、毎朝母を会社に送り迎えする時、母と車の中で神の話しをする機会にも恵まれました。

テレビでは小さい子には井戸水や水道水を避けペットボトルの水を、という情報が流れていました。水は殆どが売り切れていましたが、2リットルボトルは一人1本まで、500mlは一人2本までと規制されていました。

3週間目には放射能の情報もハッキリして、避難地域以外の放射能の数値も人体に影響する数値よりもずっと低いと判明し、段々と人々が外へ出掛けるようになり、普通の生活に戻っていきました。

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(被災者に一日無料開放された、桜の花咲く上野動物園)

実家のある市も被災地でしたが、他の市よりも被災はずっと少なく、3月29日から他の地域の被災者の受入れを開始しました。

私たち夫婦も短い期間でしたが、社会福祉協議会という所を通じてボランティア活動をしました。仕事の内容は、炊きだし、受付、話し相手、物資の受取りなどでした。被災が大きい宮城の方ではこれに加え、被災した外国人用の通訳、瓦礫のかたずけ、避難所への物資の運搬等がありました。私たち夫婦は、支援物資を受けとり、被災地の方達にその物資を手渡す仕事のお手伝いをさせていただきました。物資は、地域の皆さんからの自主的な寄付によるものです。余った物資は、それを必要とする別の避難所に送られるというシステムでした。

避難生活をされている方々には500mlの水が持ち運びできるという点で人気でした。被災してから日々が経ってくると、ジュースのような飲み物も好まれました。何気なく遊べる玩具、ぬいぐるみ、スーパーボールやトランプ、お手玉なども子供達を喜ばせていました。 大人の方には、電子機器無しでも情報が知れる新聞が重宝されました。

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(ボランティア仲間と一緒に記念撮影)

被災地では、今年は例年になく寒い3月でしたので、未使用の暖かい下着などはとても喜ばれました。そんな寒い中でも、皆さんの節電の協力と、暖かい日が何日か続いた事もあり、計画停電の不必要な日も出てきた事は感謝でした。茨城は被災地でしたので、計画停電の地域からは外れていましたが、長い所では5時間停電する地域もあったので、多くの方の節電により計画停電を避けられたことは神の守りを感じる出来事でした。

今回の日本の旅は、私にとってクリスチャンになってから初めての伝道旅行でしたが、私達が滞在していた間、福音を伝える情熱が溢れ、数ある難関にも神に委ねる姿勢が守られ、実に実りあるこれ以上ない充実した旅となりました。私の家族を始め、たくさんの方が神の福音の話に耳を傾けてくださいました。

頑なに閉ざされていた心を完全には開く事は出来ませんでしたが、この旅で撒かれた種が時間を経て色々な事が起こる中で、つぼみになり花が咲く事を考えると、神の御業の素晴らしさを称えずにはいられません。この機会を作ってくださった神に感謝で一杯になりました。これも、上からの御力と背後での祈りの有士達のおかげだと心から感謝いたします。

地震からもうすぐ1ヶ月が経とうとしています。色々な方面での復興のめどがメディアから放送される中、被災者の方々の疲れがピークに達してきています。どうか彼等ひとりびとりの心の傷が、神の御手により癒されますように。そして近い将来、日本の大勢の方達が救いの恵みへと繋がり、光であるイエス様を見つめ、喜びに満たされ歩んでいけますように、心からお祈りいたします。

「神は,実に,そのひとり子をお与えになったほどに,世を愛された。それは御子を信じる者が,ひとりとして滅びることなく,永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書3:16)


(ブログ制作チーム: Sao)

2011.04.08 00:00 | お知らせ
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