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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、“信仰”と“従順”との関係について考えてみました。
神は私たちの“信仰”を伸ばすために“従順”をお用いになります。

イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは舟からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。(マタイ14:29)

イエス様がペテロに、舟から足を踏み出し、水の上を歩いてご自分のところに来るように言われたときのことを思い出して下さい。その呼び掛けは、荒波の上を歩く危険のために、舟の中にいる安全を自発的に放棄することを求めるものでした(マタイ14:22-31)。

それに対してペテロは、イエス様に対するひた向きな従順をもって第一歩を踏み出します。そして、彼の足が水の中に沈まなかった経験を通してイエス様に対する彼の信仰はさらに確かなものになったのです。

神は、私たちが信仰を伸ばせる立場に私たちを置くために、私たちの従順を用いられます。イエス様は、私たちが信仰の第一歩を踏み出すよう、私たちに呼び掛けられます。それから、私たちがそのステップを踏むことができたときにだけ、イエス様は次のステップを私たちに明らかにされます。

その意味で、もしあなたがイエス様の呼び掛けに反抗的であるなら、自分の信仰を伸ばすことができないばかりか、あなたの人生の次のステップも明らかにされません。あなたは、神には何でもできる、と知的には同意するかも知れませんが、もしあなたがこの最初のステップを踏み出せないなら、あなたは信仰がないのです。

事実、これはクリスチャンの多くが動けずにいるところです。私たちは、たとえイエス様が私たちにして欲しいことを知っていても、自分が次に何をしたいかを考えるために、イエス様に対する従順から距離を置こうとします。しかし、この従順以外に私たちの信仰を伸ばす方法はありません。

舟という安全な場所を離れることによってだけ、ペテロはイエス様の内にあるより大きな安全を見出すことができました。つまり、唯一の本当の安全はイエス様のうちにあるということです。ペテロは、この経験から直接、イエス様がすべての状況における主であることを学ぶことができました。

ペテロはまた、イエス様から離れたところで何を見ても、考えても、それは現実の反映ではないことを学びました。私たちが持ちやすい神話は、最も確かな安全は舟の中にあるというものです。しかし現実は、イエス様と共にいることが最も安全なのです。

今日の一言: 従順こそ信仰を伸ばす鍵

平安
鶴田牧師
2010.12.20 22:20 | 鶴田健次牧師より
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