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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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さて、今日はイエス様が弟子たち(私たちクリスチャン)に与えられた”新しい戒め”について考えてみました。イエス様は十字架にかかる前夜、弟子たちに告別の説教(お別れの説教)を語られましたが、その中で、こう命じられました。

「わたしは、新しい戒めをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」(ヨハネ13:34-35)

イエス様は、今を生きる私たちにも同じことを命じておられます。これは勧めではなく、私たちに対する主の命令です。「あなたがたは互いに愛し合いなさい」。この互いに愛し合うとは、「互いに赦し合う」こと、また「互いに受け入れ合う」ことと言い換えることもできます。

イエス様は私たちに「間違いをしないように。失敗をしないように」と注意しておられるのではありません。私たちは誰もが不完全であり、欠点を持っています。やがて栄光の体を与えられるまでは、この問題は持ち続けるのです。ですから、どうしても私たちは間違いを犯したり、失敗をしたりすることがあるのです。そんな問題を抱えた私たちが、平和な人間関係を保ちながら、喜びのある幸せな人生を生きるための鍵は、まさにイエス様が言われたように、互いに愛し合い、互いに赦し合い、ありのままを受け入れ合うことなのです。

そして、この愛し合う、赦し合う、受け入れ合うということは、相手に要求するものではなく、自分自身に求められている能動的な行為であることを理解することは大変重要なことです。聖書は決して、誰かに愛されることを求めなさい、赦されることを求めなさい、とは教えていません。「互いに愛し合いなさい」とは、相手が自分を愛することを要求するのではなく、自分が相手を愛することを実行することなのです。

そして、この事を可能にするのは、「わたしがあなたがたを愛したように」とあるように、イエス様に愛された経験がその重要な鍵です。その経験なしに、あるいは、その経験が不足していては、「互いに愛し合う」ことは困難です。

あなたはいかがですか。あなたは教会のすべての仲間たちを愛することができていますか。赦すことができていますか。すべての仲間たちをありのままで受け入れることができていますか。

人の批判をする人にならないで下さい。人の批判はサタンに惑わされている人の行為です。そこには神様の祝福も喜びもありません。聖霊に導かれている人は、人の徳を高める言葉を語り、決して人を批判したりはしません。いっさいの悪意を捨て去り、互いに情深く、憐れみ深くあり、心を一つにして愛の共同体を建て上げていきましょう。

今日の一言: 互いに愛し合う

平安
鶴田牧師
2010.12.04 17:00 | 鶴田健次牧師より
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