fc2ブログ

LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

011624_convert_20240117021432.png


出エジプト35章の黙想』

 

「これは、主が行えと命じられたことである。六日間は仕事をする。しかし、七日目は、あなたがたにとって主の聖なる全き安息である。」(出エジプト3512

 

モーセは、民に幕屋を造る作業を始めさせますが、その前に安息日に関する規定について語っています。それは、彼らが本当に大切なもの、第一にすべきものを見失わないようにするためでした。それは主を礼拝すること、言い換えれば、主ご自身を求めることです。主のための働きは、主を礼拝する心の上に築き上げられていくべきものなのです。

 

クリスチャン生活における様々な活動の中心は、主を礼拝することです。どんなに活動に力を入れても、主を礼拝することがその中心に据えられていなければ、すべてが空回りしてしまいます。礼拝こそが信仰生活の中心であり、主が最も喜ばれるものです。また礼拝によってこそ信仰が強められ、励まされ、燃やされ、クリスチャンとしての歩みを全うできるのです。

 

コロサイ人への手紙で、パウロは、安息日は来るべきものの影であって、本体はキリストにあるのだと言いました(コロサイ21617)。この安息は、私たちの救いのために、神がイエス・キリストにあってすべての働きを成し遂げられたことを意味しています。私たちが救われるために必要なことは、イエス・キリストが十字架につけられたことによって完成したのです。したがって、私たちは今、イエス様が行なって下さったところに休むことで安息を得ることができるのです。

 

モーセは5節でイスラエルの全会衆に、主への奉納物を持ってくるように命じ、その心構えを伝えます。それは、「進んで献げる心のある人に、主への奉納物を持って来させなさい」というものでした。義理や義務感からではなく、心から、喜んでささげる者から受け取るようにということです。

 

これが献金についての原則です。献金について聖書の中で貫かれている原則は、自分にとって尊いものを主に献げると同時に、喜んで献げるということです。神は、喜んで与える人を愛してくださるのです(Ⅱコリント97)。

 

 

今日の一言:主よ、私をあなたに喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてお捧げします。

 

鶴田健次


下記のアイコンのクリックで応援を願いいたします!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願いいたします。

✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨

 

 

 

 

2024.01.17 02:18 | 牧師室より
| ホーム |

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.