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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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教皇フランシスの問題発言

 

 以下の英語の記事は、サンタマルタ修道院で語られた教皇フランシスの説教に関するものです。私はこれまでも教皇フランシスの聖書に反する発言をいくつも聞いて来ましたが、この記事の内容はクリスチャンであれば絶対に容認できるものではないので、皆さんにも分かち合いたいと思います。

 

私は決してカトリック信徒の方々を批判するつもりはありません。過去においても、現在においても、カトリックの中に誠実で忠実な信仰生活を送っておられる方々が数多くおられることを知っています。しかし、これはカトリック信徒の問題ではなく、ローマ教皇庁という宗教組織の問題なのです。

 

今回は、教皇庁がこれまでにどんな神聖を汚す言葉を語ってきたかではなく、最近どのような汚し言を語ったかを見たいと思います。2014725日、教皇フランシスはバチカンの広場でこのような発言をしました。

 

「教会の中には、自らの信仰を見つけることができず、自由に信仰を持つこともできない人がいます。また、教会の秘跡や仲介がなくても、イエスのみもとに直接行くことができると信じている人達がいます。」

 

このように信じている人達とは誰のことでしょう。それは私たちクリスチャンのことです。イエス様と個人的な関係を結ぶことができるというのは間違っているという発言です。そのあとでこのようにも話しています。

 

「このような誘惑は非常に危険で、非常に有害なことです!」

 

何が危険で、何が有害なのでしょうか。ミサや神父を通さずに直接イエス様のみもとに行くことができると信じていることが非常に危険で、非常に有害なことだと言っているのです。そして、それを誘惑と表現しました。これはただ単にカトリックの指導者が言った言葉ではありません。教皇はカトリックの首長であるだけでなく、WCCエキュメニュカル運動を通して宗教の統合をはかる全世界の宗教の首長なのです。正常なクリスチャンであれば抵抗し、抗議しなければならない発言です。

 

それから二か月後の915日、教皇フランシスはサンタマルタ修道院で、以下の記事にあるような聞き捨てならない重大な発言をしました。その一部を取り上げてみます。

 

「油注がれた聖母マリヤとローマカトリック教会は同等である。」

 

「マリヤがいなければ、イエスも生まれていない。」

 

「聖母マリヤに聖三位一体の第二位と同等かそれ以上の地位と肩書を授け、イエスは第三位に降格させた。」

 

人々の希望はマリヤと教会であり、イエス・キリストではない。」

 

これよりも大きな神聖冒涜があるでしょうか。教皇フランシスの発言はキリスト教の発言ではありません。女神に仕える異邦宗教です。ここで「Anointed Mother」と言われていますが、Anointed」 とは、油注がれた者、つまりメシヤという意味、キリストという意味です。誰が油を注がれたと言っているでしょうか。マリヤがです。マリアがイエスよりも高いと言っているのです。

 

これを聞いたクリスチャンが直ちにバチカンに質問しました。

 

「それはカトリックの教義ですか?」 

「私たちは聖書よりも伝統が上だと考えています。」

「それでは、伝統とは何ですか?」

「教皇の言葉が伝統です。」

 

カトリックは、中世も今も全く変わっていないということです。むしろ昔よりももっと権力の座に座って大言を吐いています。中世時代には誰が救いを与えていたでしょうか? 教会が救いを与えていたのです。教会のみが救いを与えることができると教えていたのです。イエス様が救い主ではなく、教会が救い主となっていたのです。神様と交わることは教会を通じてのみ可能でした。イエス様以外に教会が救いを与えると信じられていたのです。まさに、それが偶像礼拝です。

 

教皇フランシスは、人々の希望はマリヤとカトリック教会であり、イエス・キリストではないと言っています。何という神とキリストに対する冒涜でしょうか。聖書は、クリスチャンの希望は神とイエス・キリストにあるとはっきり述べているのです。

 

また次の機会に、教皇フランシスの問題発言を皆さんにお分かちしたいと思います。

 

 

今日の一言:キリストこそが道であり、真理であり、命である

 

鶴田健次

 

 

Pope Francis, with his open-mindedness and more humanist approach to Catholicism, reportedly bestowed the Virgin Mary a position at the second Holy Trinity, possibly even at Godhead level.

 

Pope Francis recently attended the morning mass for the Feast of Our Lady of Sorrows on Sept. 15 at Casa Santa Marta. He preached on how the Virgin Mary "learned, obeyed and suffered at the foot of the cross," according to the Vatican Radio.

 

"Even the Mother, 'the New Eve', as Paul himself calls her, in order to participate in her Son's journey, learned, suffered and obeyed. And thus she becomes Mother," Pope Francis said.

 

The Pope further added that Mary is the "anointed Mother." Pope Francis said the Virgin Mary is one with the church. Without her Jesus Christ would not have been born and introduced to Christians. Without the Virgin Mary there would be no Mother Church.

 

"Without the Church, we cannot go forward," the Pope added during his sermon.

 

However, his latest sermon according to Inquistr are raising eyebrows and even upsetting Evangelical Christians. The site credits this assertion to an article posted in Now The End Begins. Pope Francis' reflection on the Virgin Mary reportedly suggests that people's hope is Mary and the Mother Church and not Jesus Christ.

 

However, the scripture clearly states that the hope of the Christians is through God and Jesus Christ.

 

The article claims his sermon somehow indicates a change in the position Jesus holds in the Holy Trinity. Jesus "has been demoted to third place behind 'mother' Mary and the 'Holy Mother Church'. Pope Francis reportedly "bestowed a position and title to the Virgin Mary equal or greater than that of the second Holy Trinity."

 

Additionally, the article claims Pope Francis may have supposedly even put the status of the Blessed Virgin Mary at the "Godhead level."

 

But Inquisitr posted its argument on the assumptions citing Soldier of Christ and its reflection on Genesis Chapter 1. The chapter tells that during creation, Jesus Christ was already present along with the Father and the Holy Spirit. Inquisitr contests that Christ has existed even before he was conceived by the Virgin Mary. 

 

Pope Francis ended his reflection with the assurance of hope from the Virgin Mary and the Mother Church.

 

"Today we can go forward with a hope: the hope that our Mother Mary, steadfast at the Cross, and our Holy Mother, the hierarchical Church, give us," he said.

 


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2020.02.29 03:33 | 鶴田健次牧師より
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