FC2ブログ

LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

牧師室より#427:聞き従うことは、いけにえにまさる_convert_20190309032105 


聞き従うことは、いけにえにまさる



 1998年に公開された「サイモン・バーチ」という映画があります。メイン州の小さな町で驚くほど小さな赤ん坊が誕生します。それがサイモン・バーチです。医者は、この赤ん坊は長くはもたないと言います。


 しかし、サイモンは1週間、1ヶ月、1年と生き続け、12才の少年に育ちますが、身長はわずか96センチしかありません。


 両親はそんな彼にあまり愛情を注ごうとしませんでした。ところがサイモンは何も悲観することなく、「神様が僕に小さな身体をくれたのは、何か使命があるからだ」と信じるようになるのです。


 ある日、教会の礼拝が終わった後で、牧師が「下でコーヒーとドーナツを食べてくつろいでください」と声をかけると、サイモンは「神様とドーナツがどういう関係があるの?」と尋ねました。すると牧師が、「ドーナツを食べながら今後の活動について話し合うのです」と答えると、彼はこう言うのです。「神様は活動に興味はないし、お金集めのために教会を作ったんじゃない。」


 いかがでしょう。考えさせられる言葉ですね。神様は活動に関心があるのではなく、私たちが神様の言葉に聞き従うことに関心を持ってらっしゃるのです。神様が望んでおられることは何なのか、何が良いことで神に受け入れられることなのかを知って、それをすること。そのことに関心があるのです。


 サムエル記第一1522節に「見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる」という御言葉があります。神を信じる者にとって大切なことは、神の言葉に聞き従うということです。聞き従うことは、どんないけにえにまさるのです。


 その後、サイモンは、教会で日曜学校のキャンプに参加することになるのですが、バスが事故を起こし、川に落ちてしまいます。そのときサイモンは窓の隙間をくぐって子供たち全員を救出したのですが、彼は力尽きて溺れてしまいます。そのサイモンを親友のジョーが水の中から引き上げるのですが、虫の息の中でサイモンは「僕の小さな身体にも意味があっただろう?」と言うのです。


 事実、彼の小さな体には意味があったのです。小さな体であったからこそ、わずかな隙間からバスの中に入って子供たちを救うことができたのです。これが彼に与えられていた使命でした。


 もし神がおられることが事実なら、聖書の教えどおり永遠の命の世界があることも事実です。そして、その永遠の世界が、この世において神を見出すかどうかで決まるのだとしたら、たとえこの世でどういう役割を与えられようが、神を知り、神から与えられた使命を知って、そのために生きることが、この世の人生を全うすることであり、神はそれを喜んでくださるのです。それが信仰なのだとサイモン・バーチを通してこの映画は訴えているのだと思います。


 私たちもややもするとこの信仰の本質を失ってしまうことがあります。何かをすることに焦点が向いてしまうことがあるのです。しかし、神に聞き従うことは、どんないけにえにまさるのです。それが信仰なのだということを、もう一度確認したいと思います。



今日の一言: 聞き従うことは、いけにえにまさる



鶴田健次


下記のアイコンのクリックで応援を願いいたします!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願いいたします。


✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨


2019.03.09 03:21 | 鶴田健次牧師より
| ホーム |

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.