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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

牧師室より#418:どんな時にも感謝をする理由がある_convert_20190105032129 

私たちにはどんな時にも感謝をする理由がある



人は誰でも三つのカテゴリーのどれかに当てはまると言われます。その三つのカテゴリーとは、 闘いの只中にいる人、闘いから抜け出ようとしている人、そして闘いの中に入ろうとしている人です。


 しかし、神が共におられるなら、たとえ私たちがどのカテゴリーの中にいたとしても、私たちには必ず感謝と喜びを感じる理由があるのです。


今あなたが置かれている状況は、あなたを悲しませ、怒らせ、落ち込ませるものかも知れません。そしてそれらの感情は、あなたを落胆させ、悲観的になるよう、あなたを誘惑するでしょう。


そんな時、あなたは自分が置かれてる状況を見るのではなく、上にあるもの(神)を見上げるべきです。自分の置かれている状況から目を逸らし、すべてを変えることのできる神に目を向けるのです。神は、ご自分に目を向ける者の心を完全な平安と喜びで満たすと約束されました。なぜなら、神ご自身が私たちの平安であり、喜びだからです。


ですから、私たちがどんな時にも神を見上げ、神に目を向けるなら、たとえどんな闘いの中にあっても私たちは喜びと平安で満たされます。神こそ私たちが感謝をする理由なのです。


旧約聖書のハバクク書に次のような預言があります。これは、ユダがバビロン滅ぼされる直前に預言者ハバククが預言したものです。


「そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、ぶどうの木は実をみのらせず、オリーブの木も実りがなく、畑は食物を出さない。羊は囲いから絶え、牛は牛舎にいなくなる。 しかし、私は主にあって喜び勇み、私の救いの神にあって喜ぼう。」(ハバクク書31718


ここに、驚くべきハバククの信仰の姿勢を見ることができます。ハバククという名前は「喜び迎える」という意味の名前です。その名のとおり、ハバククは「喜び迎える」信仰を持っていました。


これから起ころうとしていたことは、ユダの地における荒廃と飢饉です。いちじくの木も、ぶどうの木の実も、オリーブの木も実りがなく、畑も食物を出しません。羊や牛もいなくなります。そして、そのあとでバビロン帝国がユダを攻撃するのです。


しかし、ハバククは主にあって、それらのことを喜ぼうと言っています。なぜでしょうか。それはハバククが神がなされる未来のことを見ているからです。彼は試練を忍び通したユダの民の上になされる神の恵みを見て、それを喜んでいるのです。


これが信仰によって生きる者たちが持っている、大いなる恵みです。大変な状況の中にいながらにして、喜ぶことのできる力と根拠が与えられるのです。


ハバククの預言の鍵になる言葉は、「主にあって」ということです。どんな木も実を結ばないことを彼は喜んでいるのではありません。もちろん、それは悲しいことです。しかしハバククは、たとえ木が実を結ばなくても「主にあって」喜んでいるのです。なぜなら、そこに主が与えて下さる救いを見ているからです。


今日の一言: 私は主にあって喜び勇み、救いの神にあって喜ぼう。


鶴田健次


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2019.01.05 03:25 | 鶴田健次牧師より
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