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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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こんにちは、MUです。
私は小さいころ、祖父を怖いと思っていました。何かいたずらした時に、鬼のよう形相で追いかけられた事があったからです。でも私が成長するにつれ、本当は誠実でおもしろいお爺ちゃんだという事を知ってから、祖父が大好きになりました。

小学生だったある日、祖父が縁側に置いてある日当たりの良い昼寝用の椅子でうつらうつらしている時、学校から帰った私は祖父のそばにそーっと近づき、「ただいいま、お爺ちゃん!」と、大声でビックリせました。祖父は大げさに驚いて見せたので、2人で大笑いしました。その後で祖父はこんな事を言って私を悲しくさせたことがありました。「今、変な夢を見たんだよ。葬式の夢だった。それが、自分の葬式をしてる夢だったんだよ。泣いてる人もいたよ。Mちゃんはお爺ちゃんが死んだら、泣いてくれるか?」と聞くのでした。さっきまで楽しく大笑いしていたのに、いっきに悲しくなって、泣きながら「泣くよ。でもお爺ちゃん死なないでね!死んだら嫌だよ!」と言ったのを覚えています。そして、人間は死んだらどうなるのだろう、という事が知りたいと思いました。思えばこの事が、これからの私の人生に大転換をもたらしたきっかけになりました。

人は死んだらどうなるのだろう、という疑問は、長い間答えが得られなかったものの、成長するにつれ、真実は一つなんだから、今の世界にある目に見えるものと見えないものの中に、探しているもののヒントは必ずあるに違いない、と思うようになりました。というのは、人が死んだ後どうなるかという事は、どう生きるかに繋がって来ることだから、人は知っておく必要があると思ったからです。
次はどのように探すかが問題ですが、私はこう考えました。この地球も銀河系も宇宙全体も、長年秩序正しい営みの中にあり、人間もまたその中に組み込まれている存在だから、秩序正しい法則は人間にも及んでいる、という事が言えると思いました。それゆえ、全ての答えは宇宙全体のバランスや秩序を保っているものは何かを知ることができれば、それが究極の答えなのだろうな、と思いました。

そして、その究極の答えは、私の人生の途上で幾度も出合っていたもの、「聖書」に書かれているという事実を知りました。何事が起こっても決してブレる事のない秩序、正確さ、正しさの基軸が聖書だったのです。
聖書には知りたい答えが満載で、人は死後どうなるのかという事も明かされていましたし、宇宙や地球がどうやって創られ、人間が創られた時の事も、人間がどう生きたら良いのかとか、地球上に多言語が存在する理由や、信仰・希望・愛の中で最も大事な愛についても詳しく説かれていました。そして、神のひとり子イエス・キリストがなぜ人間としてこの世界にお生まれになったか、なぜ十字架で死ななければならなかったのか、それは、私のため、あなたのため、また全ての人の罪の身代わりとして裁かれた事が記されていました。
大宇宙の創造から、私たち人間の細胞一つ一つをも知っている創造主なる神の霊感によって書かれた書、それが聖書だったのです。

聖書を知って内容が理解できるようになってから、イエス・キリストを信じる私は死に向かって生きているという感覚が消え、死後は主の御元に帰れることが明確になり、苦難の中にいる時もイエス・キリストの平安が私の心を支えていることが感じ取れ、この確信をもって、主イエス・キリストを私の母に伝えました。

伝えられた母は、人間の罪のために十字架に着いたイエスが神の子で、十字架についた理由が人間一人一人を救う為だったことに驚いていました。そして、自分には何も罪は無いと言っていた母ですが、目に見えない心の在り方を話すと、自分にも罪がたくさんあるのだと分かりました。そしてイエスが人類の贖いの御業をなし終えた時、硬い木の実が殻を破って芽を出すように、もはやキリストを死の中に留めておくことはできず、3日目に蘇えられ天に挙げられ、一度は死にましたが、死に打ち勝って今も私たちと共に生きていることを母に話しました。「それじゃ本当に神様なんだねー」と言ってました。そして、「イエス・キリストを信じるよ!」と言ったのでした。それは、約2年半前の事です。

約1ヶ月ほど前、日本の家族から母が骨折して入院したと連絡があり、すぐに飛んで帰りました。主治医が言うには、母は大腿骨の骨折で手術をすれば麻酔で眠ったままになる恐れがあるので手術はできない事、そして3年弱ほど人工透析を続けていたのですが、血管の問題でそれができなくなった事、そのため母に残された日にちは10日から2週間ぐらいでしょうと告げられました。その間、痛くはないか苦痛はないかという質問をしたところ、そういうこともあるでしょうという答えでした。

母には死期の事は何も知らせませんでしたが、私は母の耳元で聖書の話をし、次の世はどういうところかを詳しく、まるで行って見て来たように毎日話しました。その時の母の微笑みはいい感じでした。
また、母が生まれた93年前から戦時中、戦後、嫁いだ先で苦労した事、畑仕事をしながら子供たちを育てた事一つ一つを労い、それら全てを神様がちゃんと覚えてくださっていることも話しました。

10日が過ぎたころからだんだん様子が変わり、痴呆が急速に母を占領し、会話がまるで時系列を無視したようにトンチンカンな返事が返ってくるようになりました。そして眠る時間が伸びて、最後はいつ行っても寝顔しか見られなくなりました。
入院して2週間が過ぎたころ、病院から母の危篤を知らせる連絡があり、孫たちも会社を早退し家族が集まりました。それぞれが、母の髪に触れ、顔を撫で、足をさすり、手を握りました。母は家族の真ん中で眠りながら、あの素晴らしい神の御国へ行ったのでした。

私は、天におられる主に感謝の祈りを捧げました。母の魂を受け取ってくださったことを。痛くも苦しくも無く主が母の全てを守ってくださったことを。感謝してもしきれないほどの気持ちを持って感謝します。愛する主へ。

「天が下のすべて事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生まるるに時があり、死ぬるに時がある。
植えるに時があり、植えたものを抜くに時がある」
「時」は神の御手の中に・・・

(MU)
 

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2018.03.15 05:32 | 証し
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