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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

※これは、LVJCCの鶴田牧師が毎週教会員に発行している週報です。今週から、より多くの方々にご覧いただけるよう当ブログに掲載することになりました。

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今日も主にあって心は”晴れるや”ですか?
今日も聖霊の満たしを祈り求めましたか?
今週は受難週ですが、どんな思いで今日まで毎日を過ごされましたか?

今日は、第一コリント15章を読みながら十字架と復活について考えました。

「もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。」(第一コリント15:17)

昔も今も、多くの人々が、キリストが死者の中から復活されたとはっきり宣べ伝えられているのに、その事実を否定しようとします。もし彼らの主張どおり、キリストの復活がなかったとしたら、深刻な問題が生じます。つまり、私たちの信仰や私たちの宣教が実質のないものになってしまうのです。なぜなら、私たちが信じまた宣べ伝えるものは、キリストが私たちの罪のために十字架で死なれ、よみがえられたことによって命の主になられたということだからです。

ところがキリストの復活がなかったとしたら、キリストは死んだままであり、命の主などではありません。また、私たちは神様の偽りの証人になってしまいます。さらにまた私たちは、今もなお、自分の罪の中にいることになります。罪の問題はキリストの十字架とよみがえりを通してのみ解決されるからです。

キリストの復活を信じない人々は、この世に望みを置き、もっと良い暮らしを、もっと楽しい生活を求めて生きようとします。しかしキリストを信じ、復活の望みに生きる人々は、キリストのために多くのものを喜んで犠牲にし、キリストの苦難を共に担おうとします。福音の前進のために、時間とお金と能力を捧げます。

ところが、もしキリストの復活がなければ、このようなすべての犠牲はほとんど意味のないことで、それを生涯の使命として生きている私たちは世の中で一番哀れな者になってしまいます。

しかし、キリストの復活はまぎれもない事実です。私たちの信仰も宣教も絶対に空しいものでは終わりません。そして、この素晴らしい事実のゆえに、永遠の問題が解決され、その栄誉にあずかった私たちは、人生の勝利者であり、最高の幸せ者なのです。

皆さん、どうぞ復活の望みを強くし、あなたの献身が意味あるものとなりますように。

一言: 幸せの根拠は復活の望み

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平安
鶴田牧師
2010.04.03 21:49 | 鶴田健次牧師より
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