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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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ある時クリスチャンの友人が、お金を人に貸した時の事を話してくれました。

30年も前のことだけれど、どうにも忘れられないと、自分はクリスチャンなのに情けない!と言うのです。

 

貸したきっかけはこうでした。

会社に勤めていた当時の上司が身の上話を始めて、母と2人の生活が困窮していることを静かに話し出し、友人はそれに深く同情したのだそうです。

話を聞きながら、自分の銀行口座にある何年も使ってない50万円を、上司の生活のために役立てたいと思い、そのように切り出すと、上司は涙を流しながら感謝の言葉を言い、「必ず返しますから、しばらく貸していただきます」と言われたのですが、友人は返金の期限を言い出せなかったそうです。

そこで、「貸したお金は、あげたつもりでいよう」と思ったそうです。

 

それから数ヶ月が過ぎたある日、上司から、「母が90歳になったお祝いをする」ということで、その食事会に招待されました。

友人は、上司の生活は困窮しているのに食事会か、と何とも割り切れない気持ちで出席すると、上司は友人に、「母は自分を、女手ひとつで育ててくれたから、苦労した母の長寿を、何としても祝ってあげたかった」と話しました。

その食事会は、たぶん20人位の方々が招待されていました。眼下にある川のせせらぎを聞きながら食事ができる、ちょっとしゃれたレストランでした。

友人は心の中で、これで貸した50万はなくなったわけだ、と思い、困窮した生活はどうするのだろう、と心配したのだそうです。

 

それから1年もしないうちに上司は会社を辞め、ある日友人は1度だけ行った事がある上司の公団住宅を訪ねると、引越しをしたようで誰も住んでいないようすだったと言います。

友人が言うには、「上司は、私を騙すつもりはなかったとは思うけど、返すと言った手前、返せなくなりました、とは言えなかったに違いない」と、言いながらも、「しかし、話してほしかったね、返せないことをさ」と、言いました。

「もし、正直に話してくれていたら、あのお金は差し上げたものなので、返す必要はないのですよ、と開放してあげられたのに。だけど、万が一返してくれるかも知れないと思う自分のズルさが、上司を逃げる方向に追い詰めたのかもしれないな」と、言うのでした。

 

30年も前のことが引っかかっていた、友人の告白でした。

 

 

イエス様はマタイ22:21で、「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい」と、言っておられます。  

本来この世にある全てのものは創造主のものです。私たちの命も、体も、能力や財産に至るまで主のものなら、カイザルのものはカイザルにとありますが、それも時が来れば神に返すものになるでしょう。ましてや、私たちが人に貸したお金も、また神様に返すもので、神様の目からは、取り立てることを正当化する理屈は成り立たないことになるのでしょう。

 

MU

 

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2017.05.24 15:22 | 証し
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